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四国遍路日記

著者:種田山頭火

しこくへんろにっき - たねだ さんとうか

文字数:15,794 底本発行年:1972
著者リスト:
著者種田 山頭火
底本: 人生遍路
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序章-章なし

十一月一日 晴、行程七里、もみぢ屋という宿に泊る。

――有明月のうつくしさ。

今朝はいよいよ出発、更始一新、転一歩のたしかな一歩を踏み出さなければならない。

七時出立、徳島へ向う(先夜の苦しさを考え味わいつつ)。

このあたりは水郷である、吉野川の支流がゆるやかに流れ、蘆荻が見わたすかぎり風に靡いている、水に沿うて水を眺めながら歩いて行く。

宮島という部落へまいって十郎兵衛の遺跡を見た、道筋を訊ねたら嘘を教えてくれた人がある、悪意からではなかろうけれど、旅人に同情がなさすぎる。

発動汽船で別宮川を渡して貰う、大河らしく濁流滔々として流れている(渡船賃は市営なので無料)。

徳島は通りぬける、ずいぶん急いだけれど道程はなかなか捗らない、日が落ちてから、籏島(義経上陸地といわれる)のほとりの宿に泊った。 八十歳近い老爺一人で営業しているらしいが、この老爺なかなか曲者らしい、嫌な人間である、調度も賄も悪くて、私をして旅のわびしさせつなさを感ぜしめるに十分であった!(皮肉的に表現すれば草紅葉のよさの一端もない宿だった!)

今日は興亜奉公日、第二回目、恥ずかしいことだが、私はちょっぴりアルコールを摂取して旅情をまぎらした。

同宿四人、修ママ遍路二人、巡礼母子二人、何だかごみごみごてごてして寝覚勝な夜であった。

(十一月一日)

旅空ほつかりと朝月がある

夜をこめておちつけない葦の葉ずれの

ちかづく山の、とほざかる山の雑木紅葉の

落葉吹きまくる風のよろよろあるく

秋の山山ひきずる地下足袋のやぶれ

お山のぼりくだり何かおとしたやうな

十一月二日 快晴、行程八里、星越山麓、あさひや。

早起早立、まっしぐらにいそぐ、第十八番恩山寺遥拝、第十九番立江寺拝登。

野良で野良働きの人々がお弁当を食べている、私も食べる、わがままをつつしむべし

飴玉をしゃぶりつついくつかの村を過ぎる、福井(鉄道の終点)というところで、一杯ひっかける、つかれがうすらいだ、山路になる、雑木山の今日この頃は美しい、鉦打で泊ろうと思ったけれど泊めてくれない、また歩きつづけて峠の下で泊めて貰う、まったくの山村だが、電話もあればラジオもある、宿は可もなし不可もなしだった、相客は老同行、話し合っているうちに同県人だったので、何となくなつかしかった、好感の持てるおじいさんだった。

今夜も風呂なし(昨夜も)、水で身体を拭いたが肌寒を感じた。

十一月三日 晴、行程八里、牟岐、長尾屋。

老同行と同道して、いつもより早く出発した。

峠三里、平地みたいになだらかだったけれど、ずいぶん長い坂であった、話相手があるので退屈しなかった、老同行とは日和佐町の入口で別れた(おじいさん、どうぞお大切に)。

第二十三番薬王寺拝登、仏殿庫裡もがっちりしている、円山らしい、その山上からの眺望がよろしい、相生の樟の下で休憩した、日和佐という港街はよさそうな場所である。

途中、どこかで手拭をおとして、そしてそのために一句ひろった、ふかしいもを買って食べ食べ歩いた、飯ばかりの飯も食べた、自分で自分の胃袋のでかいのに呆れる。

途中、すこし行乞、いそいだけれど牟岐へ辿り着いたのは夕方だった。 よい宿が見つかってうれしかった、おじいさんは好々爺、おばあさんはしんせつでこまめで、好きな人柄で、夜具も賄もよかった、部屋は古びてむさくるしかったが、風呂に入れて貰ったのもうれしかった、三日ぶりのつかれを流すことが出来た。

御飯前、一杯ひっかけずにはいられないので、数町も遠い酒店まで出かけた、酒好き酒飲みの心裡は酒好き酒飲みでないと、とうてい解るまい、おそくなって、おばあさんへんろが二人ころげこんできた、あまりしゃべるので、同宿の不動老人がぶつくさいっていた。

(十一月三日)

山家ひそかにもひたき

明治節

山の学校けふはよき日の旗をあげ

もみづる山の家あれば旗日の旗

よい連れがあつて雑木もみぢやひよ鳥や

旗日の旗は立てて村はとかくおるすがち

村はるすがちの柿赤し

序章-章なし
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四国遍路日記 - 情報

四国遍路日記

しこくへんろにっき

文字数 15,794文字

著者リスト:

底本 人生遍路

親本 定本 山頭火全集

青空情報


底本:「人生遍路」日本図書センター
   2002(平成14)年11月25日第1刷発行
底本の親本:「定本 山頭火全集」春陽堂書店
   1972(昭和47)年4月〜1973(昭和48)年8月
入力:さくらんぼ
校正:小林繁雄
2005年6月14日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:四国遍路日記

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