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土神と狐

著者:宮沢賢治

つちがみときつね - みやざわ けんじ

文字数:9,318 底本発行年:1979
著者リスト:
著者宮沢 賢治
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序章-章なし

(一)[#「(一)」は縦中横]

一本木の野原の、北のはづれに、少し小高く盛りあがった所がありました。 いのころぐさがいっぱいに生え、そのまん中には一本の奇麗な女のかばの木がありました。

それはそんなに大きくはありませんでしたが幹はてかてか黒く光り、枝は美しく伸びて、五月には白き雲をつけ、秋は黄金きんや紅やいろいろの葉を降らせました。

ですから渡り鳥のくゎくこうや百舌もずも、又小さなみそさゞいや目白もみんなこの木にまりました。 たゞもしも若いたかなどが来てゐるときは小さな鳥は遠くからそれを見付けて決して近くへ寄りませんでした。

この木に二人の友達がありました。 一人は丁度、五百歩ばかり離れたぐちゃぐちゃの谷地やちの中に住んでゐる土神で一人はいつも野原の南の方からやって来る茶いろのきつねだったのです。

樺の木はどちらかとへば狐の方がすきでした。 なぜなら土神の方は神といふ名こそついてはゐましたがごく乱暴で髪もぼろぼろの木綿糸の束のやうも赤くきものだってまるでわかめに似、いつもはだしでつめも黒く長いのでした。 ところが狐の方は大へんに上品な風で滅多めったに人を怒らせたり気にさはるやうなことをしなかったのです。

たゞもしよくよくこの二人をくらべて見たら土神の方は正直で狐は少し不正直だったかも知れません。

(二)[#「(二)」は縦中横]

夏のはじめのある晩でした。 樺には新らしい柔らかな葉がいっぱいについていゝかをりがそこら中いっぱい、空にはもう天の川がしらしらと渡り星はいちめんふるへたりゆれたりともったり消えたりしてゐました。

その下を狐が詩集をもって遊びに行ったのでした。 仕立おろしの紺の背広を着、赤革のくつもキッキッと鳴ったのです。

「実にしづかな晩ですねえ。」

「えゝ。」 樺の木はそっと返事をしました。

さそりぼしが向ふをってゐますね。 あの赤い大きなやつを昔は支那しなではくゎと云ったんですよ。」

「火星とはちがふんでせうか。」

「火星とはちがひますよ。 火星は惑星ですね、ところがあいつは立派な恒星なんです。」

「惑星、恒星ってどういふんですの。」

「惑星といふのはですね、自分で光らないやつです。 つまりほかから光を受けてやっと光るやうに見えるんです。 恒星の方は自分で光るやつなんです。 お日さまなんかは勿論もちろん恒星ですね。 あんなに大きくてまぶしいんですがもし途方もない遠くから見たらやっぱり小さな星に見えるんでせうね。」

「まあ、お日さまも星のうちだったんですわね。 さうして見ると空にはずゐぶん沢山のお日さまが、あら、お星さまが、あらやっぱり変だわ、お日さまがあるんですね。」

きつね鷹揚おうやうに笑ひました。

「まあさうです。」

「お星さまにはどうしてあゝ赤いのや黄のや緑のやあるんでせうね。」

狐は又鷹揚に笑って腕を高く組みました。 詩集はぷらぷらしましたがなかなかそれで落ちませんでした。

「星にだいだいや青やいろいろある訳ですか。

序章-章なし
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土神と狐 - 情報

土神と狐

つちがみときつね

文字数 9,318文字

著者リスト:
著者宮沢 賢治

底本 新修宮沢賢治全集 第十巻

青空情報


底本:「新修宮沢賢治全集 第十巻」筑摩書房
   1979(昭和54)年9月15日初版第1刷発行
   1983(昭和58)年4月20日初版第5刷発行
入力:林 幸雄
校正:今井忠夫
2003年1月12日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:土神と狐

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