どんぐりと山猫
著者:宮沢賢治
どんぐりとやまねこ - みやざわ けんじ
文字数:6,271 底本発行年:1990
おかしなはがきが、ある土曜日の夕がた、一郎のうちにきました。
かねた一郎さま 九月十九日
あなたは、ごきげんよろしいほで、けっこです。
あした、めんどなさいばんしますから、おいで
んなさい。 とびどぐもたないでくなさい。
山ねこ 拝
こんなのです。
字はまるでへたで、
ね
けれども、一郎が
すきとおった風がざあっと
「栗の木、栗の木、やまねこがここを通らなかったかい。」 とききました。 栗の木はちょっとしずかになって、
「やまねこなら、けさはやく、馬車でひがしの方へ飛んで行きましたよ。」 と答えました。
「東ならぼくのいく方だねえ、おかしいな、とにかくもっといってみよう。 栗の木ありがとう。」
栗の木はだまってまた実をばらばらとおとしました。
一郎がすこし行きますと、そこはもう
一郎は滝に向いて
「おいおい、笛ふき、やまねこがここを通らなかったかい。」
滝がぴーぴー答えました。
「やまねこは、さっき、馬車で西の方へ飛んで行きましたよ。」
「おかしいな、西ならぼくのうちの方だ。 けれども、まあも少し行ってみよう。 ふえふき、ありがとう。」
滝はまたもとのように笛を吹きつづけました。
一郎がまたすこし行きますと、一本のぶなの木のしたに、たくさんの白いきのこが、どってこどってこどってこと、変な楽隊をやっていました。
一郎はからだをかがめて、
「おい、きのこ、やまねこが、ここを通らなかったかい。」
とききました。