二都物語 01 上巻
原題:A TALE OF TWO CITIES
著者:チャールズ・ディッケンズ
にとものがたり
文字数:158,158 底本発行年:1936
序
「二都物語」はチャールズ・ディッケンズ(一八一二―一八七〇)の一八五九年の作である。
すなわちこの巨匠が数え年四十八歳の時の作である。
作者は一八三六年に諧謔小説「ピックウィク倶楽部」によって一躍ウォールター・スコット以後のイギリス随一の流行作家となり、以来「オリヴァー・トゥウィスト」、「ニコラス・ニックルビー」、「骨董店」、「バーナビー・ラッジ」、「マーティン・チャッズルウィット」、「ドムビー父子」、「デーヴィッド・コッパフィールド」、「物淋しい家」、「小さなドリット」等の諸大作その他の作品を発表して、既に、当時全ヨーロッパにおける最も高名な小説家の一人であり、その名声のみならず文学的手腕においても彼の高潮に達していたのであった。
「二都物語」の作者自身の緒言に記されているように、彼がこの作の主要な観念を思い付いたのは彼の年少の友人ウィルキー・コリンズの劇を演じていた時であって、それは一八五七年の夏のことであった。
しかし、その思付きはただごく漠然たるものであり、当時は家庭的不和のためにはなはだしく心を苦しめられていて、ただちにそれの具体化に著手することが出来なかったが、やがて、フランス革命を背景としてその観念を中心に一の物語を創作することとし、慎重綿密にその考案、準備、構想を進めたらしい。
翌五八年の一月末には、彼の親友であり後に彼の伝記作者となったジョン・フォースターに宛てた書簡の中で、「いつかは」というその物語の標題を報じており、更に同年三月には「
り
って。
古い木の葉。
ずっと以前に。
遠く離れて。
落葉。
二十五年。
何年も何年も。
過ぎ去る歳月。
毎日毎日。
伐り倒された樹。
記憶のカートン。
やくざ者。
二つの世代。」
とあり、他に、この作の主要人物である獅子の
本篇の手法に関する意図について、作者は制作中の書簡にこう書いている。 「私は、真実に迫った人物、しかし彼等が対話によって自分自身を現すよりも以上に物語そのものが現すべき人物がいて、各章ごとに興味の加わる、画のように叙述した一つの物語を作るこの小さな仕事に専心している。 他の言葉で言えば、(中略)人物を出来事それ自身の臼の中で搗き砕き、その人物から彼等の興味を打ち出して、出来事の物語を書くことが出来ると思ったのである。」
フランス革命に取材したことについては、作者が年来絶えず繰返して読み、決して厭きることのなかった、トマス・カーライルの名著「フランス革命史」に負うところが極めて多かった。 この物語の文体、思想等についても、カーライルの影響を示しているところが見られる。 なお、作者が制作の準備中に知人であるカーライルに自分の目的に役立ちそうな数冊の参考書の借用を請うたところ、カーライルはただちに荷車二台に満載したフランス革命に関する文献をディッケンズの邸宅に送り届けたという。
「二都物語」は「バーナビー・ラッジ」に次ぐディッケンズの第二の歴史小説であり、また彼の最後の歴史小説である。 歴史小説と言っても、時代を過去に採り、背景を歴史的事件に求めただけであって、登場する人物はことごとく非歴史的人物であり、作者自身の純然たる創造になる人物のみである。 本篇の主人公である、自己犠牲的な深い愛によって進んで断頭台の下に立つ弁護士シドニー・カートンは、疑いもなく近代小説の群像中でも最も魅力ある性格の一であるに違いない。 その他、その正義感のために暴虐な貴族の手によってバスティーユ牢獄に投獄され、十八年間監禁されていた医師アレクサーンドル・マネット、その娘リューシー・マネット、フランスの貴族の地位と財産とを自ら抛棄してイギリスで自活するシャルル・エヴレモンド、その叔父サン・テヴレモンド侯爵、パリーの酒店の主人であり革命党員であるエルネスト・ドファルジュ、その妻テレーズ・ドファルジュ、銀行員ジャーヴィス・ロリー、弁護士ストライヴァー、走使いクランチャー、家政婦プロス等の諸人物は、いずれも、円熟した大作家にふさわしい手腕で鮮かに創造されている。 そして、これらの人物が、フランス大革命の前及びその間の時代を背景とし、イギリス及びフランスの両国、主としてロンドンとパリーとの二都を舞台として演ずる劇的な物語は、実に津々たる興味にみちているのである。
序
ブックマーク系
サイトメニュー
シェア・ブックマーク
二都物語 - 情報
青空情報
底本:「二都物語 上巻」岩波文庫、岩波書店
1936(昭和11)年10月30日第1刷発行
1967(昭和42)年4月20日第26刷発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「彼奴→あいつ 恰も→あたかも 或る→ある 如何→いか・いかが 聊か→いささか 何時→いつ 一層→いっそう 今更→今さら 謂わば→いわば 所謂→いわゆる 於て→おいて 大凡→おおよそ 於ける→おける 恐らく→おそらく 己→おれ 却って→かえって 彼処→かしこ か知ら→かしら 難い→がたい 且つ→かつ 嘗て→かつて かも知れ→かもしれ 位→くらい 極く→ごく 此処→ここ 毎→ごと 悉く→ことごとく 此→この 而→しかし 然る→しかる 屡々→しばしば 暫く→しばらく 直ぐ→すぐ 頗る→すこぶる 即ち→すなわち 是非→ぜひ 其奴→そいつ・そやつ 大層→たいそう 大体→だいたい 大分→だいぶ・だいぶん 唯→ただ 但し→ただし 直ち→ただち 忽ち→たちまち 度→たび 度々→たびたび 多分→たぶん 給え→たまえ 給う→たもう (て)頂→いただ (て・で)貰→もら・もれ 何処→どこ・どっ 乃至→ないし 尚・猶→なお 尚更→なおさら 何故→なぜ に拘らず→にかかわらず 筈→はず 甚だ→はなはだ 甚し→はなはだし 程→ほど 殆ど→ほとんど 正しく→まさしく 将に→まさに 先ず→まず 益々→ますます 亦→また 間もなく→まもなく 勿論→もちろん 以て→もって 尤も→もっとも 易→やす 已むを得ず→やむをえず 故→ゆえ 漸く→ようやく 俺→わし 僅か→わずか」
※読みにくい漢字には適宜、底本にはないルビを付しました。
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(畑中智江)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2005年6月16日作成
2015年4月16日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
青空文庫:二都物語