• URLをコピーしました!

グロリア・スコット号

原題:The "Gloria Scott"

著者:コナンドイル

グロリア・スコットごう

文字数:21,409 底本発行年:1930
著者リスト:
0
0
0


序章-章なし

「僕、ここに書類を持ってるんだがね……」

と、私の友人、シャーロック・ホームズは云った。 それは冬のある夜のことで、私たちは火をかこんで腰かけていた。

「ワトソン君、これは君も一読しといていいものだろうと思うんだよ。 そら例の『グロリア・スコット』の怪事件なんだが、それからこの手紙は、治安判事のトレヴォが、それを読んで、恐怖のため死んでしまった手紙なんだよ」

彼は抽斗ひきだしから少しよごれた円筒形に巻いたものをとり出し、そのテイプをほどいて、灰色の半截はんせつの紙の上に、ぞんざいな字で書いてある、短い文句の書いてある紙を、私に手渡した。

――ロンドンにおける、計画は、着々として、なされたり。 主任、看視者、ハドソンは、蠅捕紙の命令の、すべてを、受くるべく、既に、予告せり、貴下の、雄鳥雉ゆうちょうきじの、逃亡せる、ことを、信ぜられよ。

と、それには書いてあった。

私がこの不可解な手紙を読み終って顔を上げた時、私は、ホームズがニヤニヤ変な笑い方をしながら、私の顔に浮ぶ表情を眺めているのに気がついた。

「少なからずまごつかされたようだね」

彼は云った。

「私にはこんな手紙が、どうして恐怖を引き起こしたのかどう考えても分からないね。 ただ奇怪だと思われるだけだよ」

「まあ、その通りだ。 しかも事実は、それを読んだ男は、その通達書が、まるでピストルの台尻ででもあったかのように、そのためにすっかりたたきのめされてしまったのだ。 その男は上品な剛直な老人だったが……」

「面白そうだね」

私は云った。

「けれどなんだって君は、この事件を研究しておく必要があるなんて云うのかね」

「そりア、これが僕の初めてやった事件だったからさ――」

私はしばしばホームズから、彼が犯罪捜索の方法において、一番初めにどう云う所へ心をむけるであろうかと云うことについて、ききだそうとしてみたことはあった。 けれども今までに、気軽に自分のほうから話してくれる彼に出会ったことはなかった。 ――彼は肱附き椅子に腰かけたからだを前に乗り出して、膝の上に例の記録をひろげた。 それからパイプに火をつけて、しばらくの間煙草をくゆらしながらそのページをひっくりかえしていた。

「君は僕がビクター・トレヴォの話をしたのをきいたことがなかったかね?」

彼はきいた。

「その男は僕が大学にいた二年間に出来た、たった一人の友達だったのだ。 僕は決して社交家じゃなかったから、いつもむしろ自分の部屋の中にとじこもって、推理方法の研究を積むことを好んでいた。 だから僕は決して自分と同年輩のものとつき合ったことはなかったよ。 棒剣術だとかボキシングだとか云うようなものにもほとんど興味がなかったし、従って研究していること柄が、他の連中とは全く違っていて、全然接触する点なんかなかったのだ。 しかしそうした中にあって、僕が知り合いになったのはトレヴォだけだったんだ。 しかもそれも、ある朝、教会へ出かけて行く途中で、彼のブルテリヤが僕のくるぶしにかじりついてね、そんな偶然な出来事からだったんだ。

それは友情なんかの出来る経路としちゃ、殺風景な話だが、しかしそれだけに深かったんだね。 ――僕は犬にかまれたおかげで十日ばかり寝ちまったのだ。 するとトレヴォは始終容態をたずねに来てくれるんだ。 それも初めのうちは二三分話して行くにすぎなかったけれど、まもなく長くなって、足が直る頃までには僕たちはすっかり仲よしになっちまったんだ。 ――トレヴォは真心のある熱情漢で、元気と勢力とに満ち満ちていた。 すべての点で僕とは全く反対だった。

序章-章なし
━ おわり ━  小説TOPに戻る
0
0
0
読み込み中...
ブックマーク系
サイトメニュー
シェア・ブックマーク
シェア

グロリア・スコット号 - 情報

グロリア・スコット号

グロリア・スコットごう

文字数 21,409文字

著者リスト:

底本 世界探偵小説全集 第三卷 シヤーロツク・ホームズの記憶

青空情報


底本:「世界探偵小説全集 第三卷 シヤーロツク・ホームズの記憶」平凡社
   1930(昭和5)年2月5日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「彼奴→あいつ 恰も→あたかも 貴方→あなた 如何→いか 所謂→いわゆる 得様→得よう 於いて・於て→おいて 於ける→おける 恐らく→おそらく 可成・可なり→かなり か知ら→かしら かも知れ→かも知れ 位→くらい・ぐらい 極→ごく 此処→ここ 随分→ずいぶん 是非→ぜひ 其の→その それ所か→それどころか 沢山→たくさん 唯→ただ 忽ち→たちまち 多分→たぶん 丁度→ちょうど て居→てい て呉→てく て見→てみ て貰→てもら 疾うに→とうに 何処→どこ 所が→ところが どの道→どのみち 尚→なお 乍ら→ながら なる程→なるほど 筈→はず 程→ほど 殆ど→ほとんど 正に→まさに 先ず→まず 亦・又→また 迄→まで 間もなく→まもなく 若し→もし 余程→よほど」
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※底本は総ルビですが、一部を省きました。
※底本中、混在している「ビクター」「ヴクトウ」、「エヴァンス」「エバンス」、「フォーディングブリッジ」「フォーデングブリッジ」、「トレヴォ」「トレボウ」、「オーストラリア」「オーストラリヤ」はそのままにしました。
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(荒木恵一)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2004年9月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:グロリア・スコット号

小説内ジャンプ
コントロール
設定
しおり
おすすめ書式
ページ送り
改行
文字サイズ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!