株式仲買店々員
原題:The Stock-broker's Clerk
著者:コナンドイル Arthur Conan Doyle
かぶしきなかがいてんてんいん
文字数:19,649 底本発行年:1930
結婚してからほどなく、私はパッディングトン区にお得意づきの医院を買った。
私はその医院を老ハルクハー氏から買ったのであるが、老ハルクハー氏は一時はかなり手広く患者をとっていたのであった。
しかし寄る年波とセント・ビタス・ダンスをする習慣があったためすっかりからだを悪くしたので、だんだんお客をなくして
私は仕事を始め出してから三ヶ月の間、最も熱心に注意深く働いた。
そのため、私はベーカー街に行くには余りにいそがしすぎて、ほとんどシャーロック・ホームズと会わなかった。
そして彼自身も、自分の職業上の仕事以外には、どこへも出かけなかった。
それ故、六月のある朝、
「やあ、ワトソン君」
彼は部屋の中に
「君に会えて嬉しいよ。 ――君は例の『四つの暗号』事件以来、からだはすっかりいいんだろう?」
「有難う。 ――お蔭さまで二人とも丈夫だよ」
私は彼と友情のこもった握手をしながら云った。
「そう。 そりア結構。 けれどその上に……」
と、彼は廻転椅子の上に腰をおろしながらつづけた。
「医者の仕事に本気になりすぎて、僕たちの推理的探偵問題に持っていた君の興味が、全然なくなっちまわないとなお結構なんだけれどね……」
「ところがその反対なんだよ」
と、私は答えた。
「つい昨夜、僕は古いノートを引っぱり出して調べて、やって来た仕事を分類したばかりなんだよ」
「今までを最後にして、君の蒐集を分類してもう仕事を止めちまおうと思ったわけじゃないんだろうね」
「全然そうじゃないさ。 それどころか、もっといろいろな経験を積みたいと思ってるくらいだもの。 僕にはそれ以上に望ましいことは何もないよ」
「じゃ、きょうからでも、すぐ仕事にかかってくれるかい?」
「やるとも。 きょうからでも、君が必要だと云うなら……」
「遠くってもいいかい? バーミングハムなんだ」
「いいとも。 君がそこへ行けと云うなら」
「けれども商売のほうはどうする?」
「隣の家に住んでる男がどこかへ出かける時はいつも僕が留守を預かってやっていたから、その代り僕が留守をする時は、その男が代りをしてくれることになってるんだ」
「ハハア、そりア至極好都合だ」
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株式仲買店々員 - 情報
青空情報
底本:「世界探偵小説全集 第三卷 シヤーロツク・ホームズの記憶」平凡社
1930(昭和5)年2月5日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「彼奴→あいつ 貴方→あなた 或→ある 如何→いか 一旦→いったん 於て→おいて 於ける→おける 位→くらい 極→ごく 而して→しかして 随分→ずいぶん 即ち→すなわち それ所か→それどころか 大分→だいぶ 沢山→たくさん 只今→ただいま 多分→たぶん 給え→たまえ 丁度→ちょうど て戴→ていただ て見→てみ て貰→てもら 所が→ところが 所で→ところで 尚→なお 乍ら→ながら 成程・なる程→なるほど 憎い→にくい 程→ほど 殆ど→ほとんど 亦→また 迄→まで 寧ろ→むしろ 勿論→もちろん 漸く→ようやく 余程→よほど 僅か→わずか」
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※底本は総ルビですが、一部を省きました。
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(荒木恵一)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2004年9月21日作成
2005年12月17日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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