太宰治情死考
著者:坂口安吾
だざいおさむじょうしこう - さかぐち あんご
文字数:4,676 底本発行年:1948
新聞によると、太宰の月収二十万円、毎日カストリ二千円飲み、五十円の借家にすんで、雨漏りを直さず。
カストリ二千円は生理的に飲めない。 太宰はカストリは飲まないようであった。 一年ほど前、カストリを飲んだことがないというから、新橋のカストリ屋へつれて行った。 もう酔っていたから、一杯ぐらいしか飲まなかったが、その後も太宰はカストリは飲まないようであった。
武田麟太郎がメチルで死んだ。 あのときから、私も悪酒をつゝしむ気風になったが、おかげでウイスキー屋の借金がかさんで苦しんだものである。 街で酒をのむと、同勢がふえる。 そうなると、二千円や三千円でおさまるものではない。 ゼイタクな食べ物など、何ひとつとらなくとも、当節の酒代は痛快千万なものである。
先日、三根山と新川が遊びにきて、一度チャンコのフグを食いにきてくれ、と云うから、イヤイヤ、拙者はフグで自殺はしたくないから、
「料理屋のフグは危いです。 角力のフグは安心です。 ワシラ、そう言うてます。 なア」
と、顔をあからめて新川によびかけて、
「角力はまだ二人しか死んどりません。 福柳と沖ツ海、カイビャク以来、たった二人です。 ワシラ、マコの血管を一つ一つピンセットでぬいて、料理屋の三倍も時間をかけて、テイネイなもんです。 あたった時はクソを食べると治るです。 ワシもしびれて、クソをつかんで、食べたら吐いて治りました」
角力というものは、落ちついたものだ。 時間空間を超越したところがある。 先日もチャンコを食いに行ったら、ちゃんとマコを用意してあり、冷蔵庫からとりだして、
「先生、マコ、あります」
「イヤ、タクサンです。 ゴカンベン」
「不思議だなア、先生は」
と云って、チョンマゲのクビをかしげていた。
然し、角力トリは面白い。 角力トリでしかないのである。 角力のことしか知らないし、角力トリの考え方でしか考えない。 食糧事情のせいか、角力はみんな、痩せた。 三根山はたった二十八貫になった。 それでも今度関脇になる。 三十三貫の昔ぐらいあると、大関になれる。 ふとるにはタバコをやめるに限る、と云うと、ハア、では、ただ今からやめます、と云った。 嘘のようにアッサリと、然し、彼は本当にタバコをやめたのである。
芸道というものは、その道に殉ずるバカにならないと、大成しないものである。