貉
原題:MUJINA
著者:小泉八雲 Lafcadio Hearn
むじな - こいずみ やくも
文字数:1,522 底本発行年:1937
東京の、赤坂への道に紀国坂という坂道がある――これは紀伊の国の坂という意である。
何故それが紀伊の国の坂と呼ばれているのか、それは私の知らない事である。
この坂の一方の側には昔からの深い極わめて広い
り道をしたものである。
これは皆、その辺をよく歩いた貉のためである。
貉を見た最後の人は、約三十年前に死んだ京橋方面の年とった商人であった。 当人の語った話というのはこうである、――
この商人がある晩おそく紀国坂を急いで登って行くと、ただひとり
一目散に紀国坂をかけ登った。
自分の前はすべて真暗で何もない空虚であった。
振り返ってみる勇気もなくて、ただひた走りに走りつづけた挙句、ようよう遥か遠くに、蛍火の光っているように見える提灯を見つけて、その方に向って行った。
それは
――ああ※[#感嘆符三つ、231-8]』……
『これ! これ!』と蕎麦屋はあらあらしく叫んだ『これ、どうしたんだ? 誰れかにやられたのか?』
『
『――ただおどかされたのか?』と蕎麦売りはすげなく問うた『
『
『へえ! その見せたものはこんなものだったか?』と蕎麦屋は自分の顔を撫でながら云った――それと共に、蕎麦売りの顔は卵のようになった……そして同時に灯火は消えてしまった。
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貉 - 情報
青空情報
底本:「小泉八雲全集第八卷家庭版」第一書房
1937(昭和12)年1月15日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「或る→ある 此処→ここ 此→この 其→その 只→ただ 一寸→ちょっと て居る→ている 見る→みる 若しくは→もしくは」
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(山本貴之)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2004年3月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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