無人島に生きる十六人
著者:須川邦彦
むじんとうにいきるじゅうろくにん - すがわ くにひこ
文字数:99,264 底本発行年:1948
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中川船長の話
これは、今から四十六年前、私が、東京高等商船学校の実習学生として、練習帆船
四十六年前といえば、明治三十六年、五月だった。
私たちの琴ノ緒丸は、千葉県の
この船は、大きさ八百トンのシップ型で、甲板から、空高くつき立った、三本の太い帆柱には、五本ずつの長い
見あげる頭の上には、五本の帆桁が、一本に見えるほど、きちんとならんでいて、その先は、
船の後部に立っている、三木めの帆柱のねもとの、上甲板に、
中川教官は、
いかめしい中に、あたたかい心があふれ出ていて、はなはだ失礼なたとえだが、かくばった顔の偉大なオットセイが、ゆうぜんと、岩に腰かけているのを思わせる。
そういえば、ねずみ色になった白の作業服で、甲板にあぐらを組み、息をつめて聞きいる、私たち三人の学生は、小さなアザラシのように見えたであろう。
中川教官は、青年時代、アメリカ
この、報効義会というのは、
龍睡丸が、南の海で
私は、中川教官に、龍睡丸が遭難して、太平洋のまんなかの無人島に
日はもう海にしずんで、館山湾も、夕もやにつつまれてしまった。 ほかの学生は休日で、ほとんど上陸している、船内には、物音ひとつきこえない。
以下物語に、「私」とあるのは、中川教官のことである。
龍睡丸 出動の目的
問題の龍睡丸というのは、七十六トン、二本マストのスクーナー型帆船で、占守島と内地との、連絡船であった。
占守島が、雪と氷にうずもれている冬の間は、島と内地との交通は、とだえてしまう。
それで、秋から
だから、春になって、船がまた出動しようとして、急に乗組員をあつめても、なかなか思うような人は集められない。 これは、龍睡丸にかぎらず、北日本の漁船や小帆船は、みな、こんなありさまであった。
そこで、船が、この冬ごもりをしている間に、南方の暖かい海、
もしこの結果がよければ、冬中つないでおく帆船や漁船が、二百
私は、また、こんなことも考えていた。
日本の南東の端にある、新鳥島(この島は、北緯二十五度、東経百五十三度にあったのだが、火山島であるから、たぶん、噴火か何かで海底にしずんだのだろうといわれている)の近くに、グランパス島という島がある。
これは昔、
ともかくも、この島を見つけたら、日本のためにたいへんいいことになる。
そればかりか、海賊の秘密の基地であるから、運がよければ、かれらが、うずめてかくしておいた
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無人島に生きる十六人 - 情報
青空情報
底本:「無人島に生きる十六人」新潮文庫、新潮社
2003(平成15)年7月1日発行
2003(平成15)年10月15日4刷
底本の親本:「無人島に生きる十六人」講談社
1948(昭和23)年10月
入力:kompass
校正:松永正敏
2004年5月8日作成
2016年1月18日修正
青空文庫作成ファイル:
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