レ・ミゼラブル 08 第五部 ジャン・ヴァルジャン
著者:ビクトル・ユーゴー Victor Hugo
レ・ミゼラブル
文字数:281,732 底本発行年:1987
第一編 市街戦
一 サン・タントアーヌとタンプルとの両防寨
社会の病根を観察する者がまずあげ得る最も顕著な二つの防寨は、本書の事件と同時代のものではない。 その二つの防寨は、異なった二つの局面においていずれも恐るべき情況を象徴するものであって、有史以来の最も大なる市街戦たる一八四八年六月の宿命的な反乱のおり、地上に現われ出たのである。
時として、主義に反し、自由と平等と友愛とに反し、一般投票に反し、万人が万人を統べる政府に反してまでも、その苦悩と落胆と欠乏と激昂と困窮と毒気と無知と暗黒との底から、絶望せる偉人ともいうべき
無頼の徒は公衆の権利を攻撃し、愚衆は良民に反抗する。
それこそ痛むべき争闘である。 なぜかなれば、その暴行のうちには常に多少の権利があり、その私闘のうちには自殺が存するからである。 そして無頼の徒といい賤民といい愚衆といい下層民という侮辱的なそれらの言葉は、悲しくも、苦しむ者らの罪よりもむしろ統治する者らの罪を証し、零落者らの罪よりもむしろ特権者らの罪を証明する。
しかして吾人は、それらの言葉を発するに悲痛と敬意とを感ぜざるを得ない。
哲学はそれらの言葉に相当する事実の底を究むる時、悲惨と相並んで多くの壮大さがあるのをしばしば見いだすからである。
アテネは一つの愚衆であった。
無頼の徒はオランダを造った。
下層民は一度ならずローマを救った。
そして
いかなる思想家といえども、時として下層の偉観をながめなかった者はない。
聖ゼロームが心を向けていたのは、疑いもなくこの賤民へであった。
「都市の
苦しみそして血をしぼってるこの多衆の激怒、おのれの生命たる主義に反するその暴行、権利に反するその暴挙、などは皆下層民の
直ちに言を進めるが、一八四八年六月の暴動は特殊の事実であって、ほとんど歴史哲学のうちにおいて他と同類に置くことのできないものである。 吾人が上に発した言葉はすべて、おのれの権利を要求する労働の聖なる焦慮が感ぜらるるこの異例の暴動に関しては、排除しなければならない。 この暴動を人は鎮圧しなければならなかった、それは義務であった、なぜならこの暴動は共和を攻撃したから。 しかし根底においては、一八四八年六月は何であったか。 それは民衆のおのれ自身に対する反抗であった。
主題から目を離しさえしなければ、決して岐路に陥るものではない。
それでちょっとの間、上にあげたまったく独特な二つの
一つはサン・タントアーヌ郭外の入り口をふさいでいた、一つはタンプル郭外を防護していた。 六月の輝く青空の下にそびえた、この内乱の恐るべき二つの傑作は、見る者に忘るべからざる印象を与えた。
サン・タントアーヌの防寨は
第一編 市街戦
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レ・ミゼラブル - 情報
青空情報
底本:「レ・ミゼラブル(四)」岩波文庫、岩波書店
1987(昭和62)年5月18日改版第1刷発行
※「橙花(オレンヂ)と橙花(オレンジ)」、「挺(何挺(なんちょう))と梃(一梃)」、「大燭台(だいしょくだい)と大燭台(おおしょくだい)」、「イブとイヴ」、「撥条(ばね)と発条(ばね)」の混在は底本通りにしました。
※誤植の確認に「レ・ミゼラブル(六)」岩波文庫、岩波書店1960(昭和35)年8月30日第12刷、「レ・ミゼラブル(七)」岩波文庫、岩波書店1961(昭和36)年12月10日第13刷を用いました。
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年2月17日作成
2013年4月21日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
青空文庫:レ・ミゼラブル