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自作を語る

著者:太宰治

じさくをかたる - だざい おさむ

文字数:1,808 底本発行年:1980
著者リスト:
著者太宰 治
底本: もの思う葦
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序章-章なし

私は今日まで、自作に就いて語った事が一度も無い。 いやなのである。 読者が、読んでわからなかったら、それまでの話だ。 創作集に序文を附ける事さえ、いやである。

自作を説明するという事は、既に作者の敗北であると思っている。 不愉快千万の事である。 私がAと言う作品を創る。 読者が読む。 読者は、Aを面白くないという。 いやな作品だという。 それまでの話だ。 いや、面白い筈だが、という抗弁は成り立つわけは無い。 作者は、いよいよ惨めになるばかりである。

いやなら、よしな、である。 ずいぶん皆にわかってもらいたくて出来るだけ、ていねいに書いた筈である。 それでも、わからないならば、黙って引き下るばかりである。

私の友人は、ほんの数えるくらいしか無い。 私は、その少数の友人にも、自作の註釈ちゅうしゃくをした事は無い。 発表しても、黙っている。 あそこの所には苦心をしました、など一度も言った事が無い。 興覚めなのである。 そんな、苦心談でもって人を圧倒してまで、お義理の喝采かっさいを得ようとは思わない。 芸術は、そんなに、人に強いるものではないと思う。

一日に三十枚は平気で書ける作家もいるという。 私は一日五枚書くと大威張りだ。 描写が下手だから苦労するのである。 語彙ごいが貧弱だから、ペンが渋るのである。 遅筆は、作家の恥辱である。 一枚書くのに、二、三度は、辞林を調べている。 嘘字か、どうか不安なのである。

自作を語れ、と言われると、どうして私は、こんなに怒るのだろう。 私は、自分の作品をあまり認めていないし、また、よその人の作品もそんなに認めていない。 私が、いま考えている事を、そのまま率直に述べたら、人は、たちまち私を狂人あつかいにするだろう。 狂人あつかいは、いやだ。 やはり私は、沈黙していなければならぬ。 もう少しの我慢である。

ああ早く、一枚三円以上の小説ばかりを書きたい。 こんな事では、作家は、衰弱するばかりである。 私が、はじめて「文藝」に創作を売ってから、もう七年になる。

序章-章なし
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自作を語る - 情報

自作を語る

じさくをかたる

文字数 1,808文字

著者リスト:
著者太宰 治

底本 もの思う葦

青空情報


底本:「もの思う葦」新潮文庫、新潮社
   1980(昭和55)年9月25日発行
   1998(平成10)年10月15日39刷
入力:蒋龍
校正:今井忠夫
2004年6月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:自作を語る

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