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「晩年」に就いて

著者:太宰治

「ばんねん」について - だざい おさむ

文字数:960 底本発行年:1980
著者リスト:
著者太宰 治
底本: もの思う葦
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序章-章なし

「晩年」は、私の最初の小説集なのです。 もう、これが、私の唯一の遺著になるだろうと思いましたから、題も、「晩年」として置いたのです。

読んで面白い小説も、二、三ありますから、おひまの折に読んでみて下さい。

私の小説を、読んだところで、あなたの生活が、ちっとも楽になりません。 ちっとも偉くなりません。 なんにもなりません。 だから、私は、あまり、おすすめできません。

「思い出」など、読んで面白いのではないでしょうか。 きっと、あなたは、大笑いしますよ。 それでいいのです。 「ロマネスク」なども、滑稽な出鱈目でたらめに満ち満ちていますが、これは、すこし、すさんでいますから、あまり、おすすめできません。

こんど、ひとつ、ただ、わけもなく面白い長篇小説を書いてあげましょうね。 いまの小説、みな、面白くないでしょう?

やさしくて、かなしくて、おかしくて、気高くて、他に何が要るのでしょう。

あのね、読んで面白くない小説はね、それは、下手な小説なのです。 こわいことなんかない。 面白くない小説は、きっぱり拒否したほうがいいのです。

みんな、面白くないからねえ。 面白がらせようと努めて、いっこう面白くもなんともない小説は、あれは、あなた、なんだか死にたくなりますね。

こんな、ものの言いかたが、どんなにいやらしく響くか、私、知っています。 それこそ人をばかにしたような言いかたかもわからぬ。

けれども私は、自身の感覚をいつわることができません。 くだらないのです。 いまさら、あなたに、なんにも言いたくないのです。

激情の極には、人は、どんな表情をするでしょう。 無表情。 私は微笑の能面になりました。 いいえ、残忍のみみずくになりました。 こわいことなんかない。 私も、やっと世の中を知った、というだけのことなのです。

「晩年」お読みになりますか? 美しさは、人から指定されて感じいるものではなくて、自分で、自分ひとりで、ふっと発見するものです。 「晩年」の中から、あなたは、美しさを発見できるかどうか、それは、あなたの自由です。 読者の黄金権です。 だから、あまりおすすめしたくないのです。 わからん奴には、ぶん殴ったって、こんりんざい判りっこないんだから。

もう、これで、しつれいいたします。 私はいま、とっても面白い小説を書きかけているので、なかばうわの空で、対談していました。 おゆるし下さい。

序章-章なし
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「晩年」に就いて - 情報

「晩年」に就いて

「ばんねん」について

文字数 960文字

著者リスト:
著者太宰 治

底本 もの思う葦

青空情報


底本:「もの思う葦」新潮文庫、新潮社
   1980(昭和55)年9月25日発行
   1998(平成10)年10月15日39刷
入力:蒋龍
校正:今井忠夫
2004年6月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:「晩年」に就いて

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