若草物語
原題:LITTLE WOMEN
著者:ルイザ・メイ・オルコット L. M. Alcott
わかくさものがたり
文字数:124,337 底本発行年:1948
作者について
この「若草物語」(原名リツル、ウィメン)は、米国の女流作家ルイザ・メイ・オルコット女史の三十七才の時の作です。 父を戦線におくり、慈愛ふかい聡明な母にまもられて、足らずがちの貧しい生活ながら、光りを目ざして成長していく四人の姉妹を描いていますが、それは、けっして坦々たる道ではなく、不平、憎悪、苦悶、嫉妬など、さまざまのものが、彼女たちの健気な歩みを妨げるのであります。 そして、その多くの試練にたちむかう、四人の姉妹の、それぞれちがった性格の描写は、まことに、明暗多彩、克明精細、しかも、この一篇にみなぎる愛と誠とは、いかなる読者の心をも魅了し、感激させずにはおきません。 なお、この物語は、オルコット女史が、いっているように、ほとんどじぶんたちの姉妹をモデルにしたものであり、家で起った事件もとりいれてあります。 それがために、この物語の四人の姉妹は、ありふれた娘であるにかかわらず、心にせまる真実性があり、いつも生きているし、長くも生きるのであります。
それですから、この作は千八百六十八年に公にされて以来、全世界にむかえられ、もう何十万部発行されたかわかりません。 そして、今もなおベスト・セラー中にかぞえられています。
オルコット女史について、簡単に御紹介しますと、出生日は、千八百三十二年十一月二十九日、出生場所は米国ペンシルバニア州のジャーマン・タウン、父は教育家でした。 この父は個性を尊重する理想主義の教育を主唱し、私学校を建設しましたが、経営に失敗し、したがって、一家は物質的には恵まれませんでしたが、四人の娘たちは精神的にゆたかな生活をしました。
オルコット女史は、二女で、この「若草物語」のジョウに作者の面影が出ていますが、文筆の才に恵まれ、教鞭をとるかたわら、作家志願の精進をつづけ、二十三才のとき[#「とき」は底本では「とさ」]、「花物語」という処女作を出しました。
千八百六十一年、女史の三十歳のときに、南北戦争が起り、女史は篤志看護婦となって献身的なはたらきをしました。 その後、三十七歳に「若草物語」つづいて、「グッド・ワイブス」「リツル・メン」など大作を世に送りました。 「若草物語」を公にしてからの女史は、物質的にもめぐまれ、父の負債をかえし、母を安楽にさせ、妹のメイには絵の修行をさせてやり、自分もあこがれのヨーロッパ旅行をして、イタリイに滞在しました。
けれど、母がなくなってから、女史の肩にまた重荷がかかってきました。 妹のメイは結婚後しばらくして死に、残されたあかんぼを引きとらなければなりませんでした。 女史はいよいよはたらきました。 女史の知人は同情して補助をしようとしましたが、女史は補助を受けるのがいやで、困難のなかにも忍耐して努力しました。 そうして、女史は千八百八十八年三月六日、五十五歳で、父の死後わずか二日、最愛の父の後を追って、ボストン市で永遠の旅路にのぼりました。 女史の一生は、愛と誠をもってする努力精進の一生でありました。
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第一 巡礼あそび
「プレゼントのないクリスマスなんか、クリスマスじゃないわ。」 と、ジョウは、敷物の上にねそべって不平そうにいいました。
「貧乏ってほんとにいやねえ。」 と、メグはじぶんの着古した服を見ながらため息をつきました。
「ある少女が、いいものをたくさんもち、ある少女が、ちっとも、もたないなんて、不公平だと思うわ。」 と、小さいエミイは、鼻をならしながらいいました。
「でもね、あたしたちは、おとうさんもおかあさんもあるし、こうして姉妹があるんだもの、いいじゃないの。」 と、ベスが、すみのほうから満足そうにいいました。
ストーブの火に照らしだされた四つのわかわかしい顔は、この快活な言葉でいきいきとかがやきましたが、ジョウが悲しそうに、
「だって、おとうさんは従軍僧で戦争にいっておるすだし、これからも長いことお目にかかれないと思うわ。」 と、いったとき、またもやくらい影におおわれ、だれもしばらく口をききませんでした。 けれど、やがてメグが調子をかえて、
「おかあさんが、今年のクリスマスは、プレゼントなしとおっしゃったのは、みんな暮しがつらくなるし、兵隊さんたちが戦争にいっているのに、たのしみのためにお金を使うのはいけないと、お考えになったからよ。 あたしたち、たいしたことはできないけど、すこしの犠牲ははらえるし、よろこんではらうべきだわ。 でも、あたしはらえるかしら?」
メグは、ほしいものを犠牲にするのがおしいというように頭をふりました。
「だけど、あたしたちの一ドルを献金したって、たいして兵隊さんの役にたつとは思えないわ。 あたしはおかあさんやあなたがたから、プレゼントがもらえないのはいいとして、じぶんでアンデインとシントラム(本の名)を買いたいわ。
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若草物語 - 情報
青空情報
底本:「若草物語」京屋出版社
1948(昭和23)年6月1日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「勝ち→がち かも知れ→かもしれ 給→たま (て)見→(て)み」
また、底本では一部連濁の「づ」が「ず」になっていますが、「づ」に統一しました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:大久保ゆう
校正:秋鹿
2006年10月16日作成
2010年11月1日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
青空文庫:若草物語