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歯車

著者:芥川龍之介

はぐるま - あくたがわ りゅうのすけ

文字数:25,084 底本発行年:1968
著者リスト:
著者芥川 竜之介
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序章-章なし

一 レエン・コオト

僕は或知り人の結婚披露式ひろうしきにつらなる為にかばんを一つ下げたまま、東海道の或停車場へその奥の避暑地から自動車を飛ばした。 自動車の走る道の両がはは大抵松ばかり茂つてゐた。 上り列車に間に合ふかどうかは可也かなり怪しいのに違ひなかつた。 自動車には丁度僕の外に或理髪店の主人も乗り合せてゐた。 彼はなつめのやうにまるまると肥つた、短い顋髯あごひげの持ち主だつた。 僕は時間を気にしながら、時々彼と話をした。

「妙なこともありますね。 ××さんの屋敷には昼間でも幽霊が出るつて云ふんですが。」

「昼間でもね。」

僕は冬の西日の当つた向うの松山を眺めながら、い加減に調子を合せてゐた。

もつとも天気の善い日には出ないさうです。 一番多いのは雨のふる日だつて云ふんですが。」

「雨のふる日に濡れに来るんぢやないか?」

御常談ごじやうだんで。 ……しかしレエン・コオトを着た幽霊だつて云ふんです。」

自動車はラツパを鳴らしながら、或停車場へ横着けになつた。 僕は或理髪店の主人に別れ、停車場の中へはひつて行つた。 すると果して上り列車は二三分前に出たばかりだつた。 待合室のベンチにはレエン・コオトを着た男が一人ぼんやり外を眺めてゐた。 僕は今聞いたばかりの幽霊の話を思ひ出した。 が、ちよつと苦笑したぎり、かく次の列車を待つ為に停車場前のカツフエへはひることにした。

それはカツフエと云ふ名を与へるのも考へものに近いカツフエだつた。 僕は隅のテエブルに坐り、ココアを一杯註文した。 テエブルにかけたオイル・クロオスは白地に細い青の線を荒い格子に引いたものだつた。 しかしもう隅々には薄汚いカンヴアスをあらはしてゐた。 僕はにかは臭いココアを飲みながら、人げのないカツフエの中を見まはした。 ほこりじみたカツフエの壁には「親子丼」だの「カツレツ」だのと云ふ紙札が何枚も貼つてあつた。

地玉子オムレツ

僕はかう云ふ紙札に東海道線に近い田舎ゐなかを感じた。 それは麦畠やキヤベツ畠の間に電気機関車の通る田舎だつた。 ……

次の上り列車に乗つたのはもう日暮に近い頃だつた。 僕はいつも二等に乗つてゐた。 が、何かの都合上、その時は三等に乗ることにした。

汽車の中は可也かなりこみ合つてゐた。 しかも僕の前後にゐるのは大磯かどこかへ遠足に行つたらしい小学校の女生徒ばかりだつた。 僕は巻煙草に火をつけながら、かう云ふ女生徒の群れを眺めてゐた。 彼等はいづれも快活だつた。

序章-章なし
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歯車 - 情報

歯車

はぐるま

文字数 25,084文字

著者リスト:

底本 現代日本文学大系 43 芥川龍之介集

青空情報


底本:「現代日本文学大系 43 芥川龍之介集」筑摩書房
   1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1998年4月27日公開
2004年3月14日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:歯車

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