歯車
著者:芥川龍之介
はぐるま - あくたがわ りゅうのすけ
文字数:25,084 底本発行年:1968
一 レエン・コオト
僕は或知り人の結婚
「妙なこともありますね。 ××さんの屋敷には昼間でも幽霊が出るつて云ふんですが。」
「昼間でもね。」
僕は冬の西日の当つた向うの松山を眺めながら、
「
「雨のふる日に濡れに来るんぢやないか?」
「
自動車はラツパを鳴らしながら、或停車場へ横着けになつた。
僕は或理髪店の主人に別れ、停車場の中へはひつて行つた。
すると果して上り列車は二三分前に出たばかりだつた。
待合室のベンチにはレエン・コオトを着た男が一人ぼんやり外を眺めてゐた。
僕は今聞いたばかりの幽霊の話を思ひ出した。
が、ちよつと苦笑したぎり、
それはカツフエと云ふ名を与へるのも考へものに近いカツフエだつた。
僕は隅のテエブルに坐り、ココアを一杯註文した。
テエブルにかけたオイル・クロオスは白地に細い青の線を荒い格子に引いたものだつた。
しかしもう隅々には薄汚いカンヴアスを
「地玉子、オムレツ」
僕はかう云ふ紙札に東海道線に近い
次の上り列車に乗つたのはもう日暮に近い頃だつた。 僕はいつも二等に乗つてゐた。 が、何かの都合上、その時は三等に乗ることにした。
汽車の中は