ああ玉杯に花うけて
著者:佐藤紅緑
ああぎょくはいにはなうけて - さとう こうろく
文字数:125,572 底本発行年:1975
一
チビ公は肩のてんびん棒にぶらさげた両方のおけをくるりとまわした。
そうしてしばらく景色に見とれた。
堤の上にかっと朝日をうけてうきだしている村の屋根屋根、火の見やぐら、役場の窓、白い土蔵、それらはいまねむりから活動に向かって歓喜の声をあげているかのよう、ところどころに立つ
そこの畠にはえんどうの花、そらまめの花がさきみだれてる中にこつとしてねぎの坊主がつっ立っている。
いつもここまでくるとチビ公の背中が暖かくなる。
春とはいえども
だが、このねぎ畑のところへくるとかれはいつも足が進まなくなる、ねぎ畑のつぎは広い麦畑で、そのつぎには
医者がいつの年からこの家に住んだのかは今年十五歳になるチビ公の知らないところだ、
「しっかりしろよ、おまえのお父さまはえらい人なんだぞ」
伯父はチビ公をつれてこのねぎ畑で昔の話をした。 それからというものはチビ公はいつもねぎ畑に立ってそのことを考えるのであった。
「この家をとりかえしてお母さんを入れてやりたい」
かれがこのあぜ道に立っているとき、おりおりいうにいわれぬ
「やい、おめえはできると思っていばってるんだろう、やい、このへびを食ってみろ」
かれはすべての者にこういってつっかかった、かれはいま中学校へ通っている、豆腐おけをかついだチビ公は彼を見ると遠くへさけていた、だがどうかするとかれは途中でばったりあうことがある。
「てめえはいつ見てもちいせえな、少し大きくしてやろうか」
かれはチビ公の両耳をつかんで、ぐっと上へ引きあげ、足が地上から五寸もはなれたところで、どしんと下へおろす。 これにはチビ公もまったく閉口した。
かれが今町の入り口へさしかかると向こうから巌がやってきた、かれは頭に
「やいチビ、逃げるのかきさま」
「逃げやしません」
「
「はい」
チビ公は不安そうに顔を見あげた。
「いかほど?」
「食えるだけ食うんだよ、おれは朝飯前に柔道のけいこをしてきたから腹がへってたまらない、焼き豆腐があるか」
「はい」
チビ公が
「皮はうまいな」
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ああ玉杯に花うけて - 情報
青空情報
底本:「ああ玉杯に花うけて/少年賛歌」講談社大衆文学館文庫、講談社
1997(平成9)年10月20日第1刷発行
底本の親本:「ああ玉杯に花うけて」少年倶楽部文庫2、講談社
1975(昭和50)年10月16日発行
初出:「少年倶楽部」
1927(昭和2)年5月号〜1928(昭和3)年4月号
※底本は、親本の親本と思われる、「少年倶楽部名作選1 長編小説集」講談社、1966(昭和41)年12月17日発行の誤りを残しているため、誤植が疑われる箇所は、「佐藤紅緑全集 上巻」講談社、1967(昭和42)年12月8日発行、を参照してあらためました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:林 幸雄、kazuishi
校正:花田泰治郎
2006年2月5日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアのみんなさんです。
青空文庫:ああ玉杯に花うけて