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油絵新技法

著者:小出楢重

あぶらえしんぎほう - こいで ならしげ

文字数:75,937 底本発行年:1987
著者リスト:
著者小出 楢重
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序章-章なし

序言

日本の油絵も、ようやくパリのそれと多くの距離をたぬようにまで達しつつある事は素晴らしき進歩であると思う。 だがしかし、新らしき芸術の颱風たいふうは常に巴里パリに発生している。 まだ日本は発祥の地ではあり得ない事は遺憾であるが、それはまだ新らしき日本が絵画芸術のみならずあらゆる文化が今急速に新らしく組み立てられつつ動いて行く工事場の混乱を示している最中である。 今あらゆる新らしきものを速かに吸収消化する能力こそ、若き日本人の生命であるともいえる。 だが新らしき日本へ新らしき花を発祥させるには根のない木を植えてはいけない。 一本の松は地下にどれだけ驚くべき根を拡げているかを調べてみるがいい。 芸術はカフェーの店頭を飾るべき紙製の桜であってはならない。 しかしややもすると、新日本文化は紙の桜となりがちである。 それが最も気にかかる事だ。

この書は、技法そのものについて、例えば新らしき芸術を作るには砂糖幾グラム、メリケン粉、塩何もんめ、フライパンに入れて、といった風の調理法を説かなかった。 あらゆる画家の修業は図書館では行わないものである。

彼らはミュゼーと、そしてモデルと、石膏と、風景から、伝心的に技法を悟ったに過ぎないと私は思っている。 そこで、私は現代にあって、最も困難な絵画芸術に志す若き人たちに対して、この工事中の混乱に向うべき心構えについて、いささか私の考えを不完全ながら述べたつもりである。 そして、それから先きの仕事は私の関する処でない。

昭和五年九月

[#改頁]

油絵新技法

1 序言

枠へ如何いかにしてカンバスを張るかパレットは如何に使用するか、等の如き説明はかなり多くの画法の書物に説かれているようだから、私はさような道具類の説明をなるべく避けて、ここには主として、専門に本心に油絵を描き出そうとする人たちへ、絵の技法というものについての心構えといった風の事と、それから現在の世の中に生きているわれわれの心を生かして行くのに最も適当である処の近代の技法について少々述べて見たいと思うのである。

しかしながら新らしい技法というものは昔の画法や画伝の如く、天狗てんぐから拝領に及んだ一巻がある訳ではない。 その一巻がない処に近代の技法が存在するのである。

従って万事は心の問題であるので技法としてお伝えする事も甚だつかしい。 私自身も油絵という船に目下皆様と共に乗り込んで難航最中なのである。 燈台から燈台へ港から港へとかろうじて渡りつつあるのだ。 何時いつ暗礁に乗上げて鯨に食べられてしまうかも知れないのである。 全くらそうな事はいえないものだ。

しかし、私は私の行こうと思っている心の方向へ常に船を向けつつ走っているつもりである。 それで、今ここに私は何か技法上の事を書く事になった。 がそれは先ず私の船の阿呆らしい航海日記とか航海のうちに感じた事柄を記してこれから乗船せんとする人、あるいはでに乗り込んで間のない人たちへ報告して多少の参考ともなり、心の準備の一助とかあるいは長途の旅の講談倶楽部クラブともなればさいわいだと思う次第である。

2 絵の技法そのものについて

絵には技法が必ずある。 しかしながら技法を少しも知らずにでも絵は描ける。 技法の全くない絵というものは子供の絵である。 それも、うんと小さな子供の絵だ。 大人でも今までかつて一度も絵というものを描いた事のない人が無理矢理に絵をかかされると、ちょっと子供と同じ程度のいわゆる自由画を描く。 これが本当の技法なき絵である。 しかしながらその子供もやがて人心がつき初める頃には、もう智恵と慾が付いてくるので、何かの技法を心から要求するようになってくる。 自分勝手な自由画では承知が出来なくなってくるらしい。

序章-章なし
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油絵新技法 - 情報

油絵新技法

あぶらえしんぎほう

文字数 75,937文字

著者リスト:
著者小出 楢重

底本 小出楢重随筆集

青空情報


底本:「小出楢重随筆集」岩波文庫、岩波書店
   1987(昭和62)年8月17日第1刷発行
   「小出楢重全文集」五月書房
   1981(昭和56)年9月10日発行
   「油絵新技法」アトリヱ社
   1930(昭和5)年10月20日発行
底本の親本:「油絵新技法」アトリヱ社
   1930(昭和5)年10月20日発行
※オリジナルの「油絵新技法」に収録された作品を、まず「小出楢重随筆集」からとりました。(油絵新技法、挿絵の雑談、画室の閑談)
続いて、「小出楢重全文集」で不足分を補いました。(ガラス絵雑考、洋画ではなぜ裸体画をかくか、構図の話、真似、ピカソ雑感、シュール・レアリズム、眼、写生旅行、近代洋画家の生活断片、かげひなた漫談、暑中閑談)
どちらにもない、「私のガラス絵に就いて」、「大和魂の衰弱」、「因果の種」、「秋の雑感」は、「油絵新技法」に収録されたものを、「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて表記をあらため、組み入れました。
※「小出楢重随筆集」と「小出楢重全文集」に見られる疑問点への対処に当たっては、「油絵新技法」を参照しました。ただし「人間の腹のただ一点である処の臍[#「臍」は底本では「腸」]」は「小出楢重全文集」に拠りました。
入力:小林繁雄
校正:米田進
2002年12月17日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:油絵新技法

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