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文七元結

著者:三遊亭圓朝

ぶんしちもとゆい - さんゆうてい えんちょう

文字数:14,763 底本発行年:1926
著者リスト:
著者三遊亭 円朝
校訂者鈴木 行三
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さてお短いもので、文七元結ぶんしちもとゆいの由来という、ちとお古い処のお話を申上げますが、只今と徳川家時分とは余程様子の違いました事で、昔は遊び人というものがございましたが、只遊んで暮して居ります。 よく遊んで喰ってかれたものでございます。 うして遊んでて暮しがついたものかというと、天下御禁制の事を致しました。 只今ではおやかましい事でございまして、中々隠れて致す事も出来んほどお厳しいかと思いますと、麗々と看板を掛けまして、何か火入れのさいがぶら下って、花牌はなふだが並んで出ています、これを買って店頭みせさき公然おもてむきに致しておりましても、たのしみを妨げる訳はないから、少しもおとがめはない事で、隠れて致し、金をけて大きな事をなさり、金は沢山あるが退屈で仕方がない、負けても勝っても何うでもいと、退屈しのぎにあれをして遊んで暮そうという身分のお方にはよろしゅうございますが、其の日暮しの者で、自分が働きに出なければ、喰う事が出来ないような者がやりますと、自然商売がおろそかになります。 慾徳ずくゆえ、きが来ませんから勝負を致し、今日で三日続けて商売に出ないなどということで、何うもさわりになりますから、やかましゅうおっしゃる訳で、しか賭博ばくちを致しましたり、酒を飲んで怠惰者なまけもので仕方がないというような者は、何うかすると良い職人などにあるもので、仕事を精出してさえすれば、大して金が取れて立派に暮しの出来る人だが、おしい事には怠惰者だと云うは腕のい人にございますもので、本所ほんじょ達磨横町だるまよこちょうに左官の長兵衞ちょうべえという人がございまして、二人前ふたりまえの仕事を致し、早くって手際が好くって、塵際ちりぎわなどもすっきりして、落雁肌らくがんはだにむらのないように塗る左官は少ないもので、戸前口とまえぐちをこの人が塗れば、必ず火の這入はいるような事はないというので、んな職人が蔵をこしらえましても、戸前口だけは長兵衞さんに頼むというほど腕は良いが、誠に怠惰なまけものでございます。 昔は、賭博に負けると裸体はだかで歩いたもので、只今はおやかましいから裸体どころか股引もる事が出来ませんけれども、其の頃は素裸体すっぱだかで、赤合羽あかがっぱなどを着て、「昨夜ゆうべはからどうもすっぱりむかれた」と自慢にているとは馬鹿気た事でございます。 今長兵衞は着物まで取られてしまい、仕方なく十一になる女の子の半纒はんてんを借りて着たが、余程短く、下帯の結び目が出ていますが、平気な顔をして日暮にぼんやり我家わがやへ帰って参り、

長「おう今けえったよ、おかね……おいうしたんだ、真暗まっくらて置いて、燈火あかりでもけねえか……おい何処どこへ往ってるんだ、燈火を点けやアな、おい何処……其処そこにいるじゃアねえか」

兼「あゝ此処こゝにいるよ」

長「真暗だから見えねえや、鼻アつままれるのも知れねえくれとこにぶっつわッてねえで、燈火でも点けねえ、縁起がわりいや、お燈明でも上げろ」

兼「お燈明どこじゃアないよ、私は今帰ったばっかりだよ、深川の一の鳥居まで往って来たんだよ、何処まで往ったって知れやアしないんだよ、今朝うちのお久が出たっきり帰らねえんだよ」

長「エヽお久が、何処どけえ往ったんだ」

兼「何処どこへ往ったか解らないから方々探して歩いたが、見えねえんだよ、朝御飯をべて出たが、それっきり居なくなってしまって、本当に心配だから方々探したが、いまだにけえらねえから私はぼんやりして草臥くたびれけえって此処にいるんだアね」

長「ナ…ナニ知れねえ、年頃の娘だ、え、おう、いくら温順おとなしいたってからにわりい奴にでもくっついて、え、おう、智慧え附けられてい気になって、其の男に誘われてプイと遠くへくめえもんでもえ、手前てめえはその為に留守居をしているんじゃアねえか、気を附けてくれなくっちゃア困るじゃアねえか」

かね「留守居をして居るったッて、んな貧乏世帯を張ってるから、使いに出すたび一緒に附いては往かれませんよ、だが浮気をして情夫おとこを連れて逃げるようなじゃアありません、親に愛想あいそうが尽きて仕舞ったに違いないんだよ、十人並の器量を持ってゝ、世間では温順おとなしい親孝行者だといわれてるのに、お前が三年越し道楽ばかばかりて借金だらけにしてしまい、うちを仕舞うの夫婦別れをするのという事を聞けば、あの娘だって心配して、あゝ馬鹿/″\しい、何時いつまでも親のそばに喰附くっついてれば生涯うだつはあがらないから、何処どこへか奉公でもするか、んな亭主でも持つ方が、襤褸ぼろを着てこんな真似をしてこんな親に附いて居ようより、一層いっその事い処へ往って仕舞おうとお前に愛想あいそが尽きて出たのに違いない、あの娘が居ればこそ永い間貧乏世帯を張って苦労をしながらこうっていたが、お久が居ないくらいなら私はすぐに出て往っちまうよ」

長「お久が居なけりゃア此方こっちも出て往っちまわアな、だからよう、己がわりいから連れて来て呉んな、ちゃんが悪いッて是から辛抱するから、え、おい、おねげえだ、己だってポカリとい目が出れば、又取返とりけえして、子供に着物の一枚いちめえも着せてえと思って、ツイ追目おいめに掛ったんだが、向後きょうこうもうふッつり賭博ばくちはしねえで、仕事を精出すから、何処どこへか往ってお久をめっけて来てくんナ」

かね「めっけて来いたっていないよ」

長「いねえ/\と云ったって何処どっか居るとけえ往ってめっけて来やアな」

かね「居るとこが知れてるくらいなら斯様こんなに心配はしやアしない、おふざけでないよ、私もお前のような人のそばには居られないよ」

長「居られねえたって……えゝ、おい、お久をうかして……」

かね「何う探しても居ないんだ」

長「居ねえって……え、おい」

かね「お前のなりんだね、子供の着物なんぞを着てさ、見っともないじゃアないか」

長「見っともねえったって、竹ンとこのみい坊の半纏はんてんを借りて来たんだ」

かね「お尻がまるで出て居るよ、子供の半纒なぞを着て、い気になって戸外おもてをノソ/\歩いてゝさ」

とグズ/\云って居ると、表の戸をトン/\叩き、

男「御免ください」

かね「はい只今開けます……誰か来たよ、お前隠れ場が……仕様がないねえ」

男「どうか開けておくんなさい、御免なさいまし……えゝ誠にしばらく、何時いつもお達者で」

長「へえ…誰だっけ忘れちまった、何方どなたでしたかえ」

男「エヽ私は角海老かどえび藤助とうすけでございます」

と云われて長兵衞は手を打ち、

長「おう、ちげえねえ、こりゃアどうも、すっかり忘れちまッた、カラどうも大御無沙汰になっちまって体裁きまりが悪いんでね、こんなとけえ来てしまったんで、誠にどうもツイ…」

藤「お内儀かみさんが、一寸ちょっと長兵衞さんに御相談申したい事があるから、すぐに一緒に来るようにという事で」

長「おめえさんのとこあんまり御無沙汰になって敷居が鴨居でかれねえから、いず春永はるながに往きます、くれの内は少々へまになってゝ往かれねえから何れ…」

藤「兎やう仰しゃるだろうが、直にお連れ申して来いと、お内儀さんが仰しゃるので」

長「直にったって大騒ぎなんで、家内うちに少し取込とりこみがあるんで、年頃の一人娘のあまっちょが今朝出たっきりけえらねえので、内の女房やつ心配しんぺえしてえるんでね」

藤「おうちねえさんのお久さんは宅へ来ておいでなさいますよ、其の事にいてお内儀さんが貴方あなたに御相談があるので」

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文七元結 - 情報

文七元結

ぶんしちもとゆい

文字数 14,763文字

著者リスト:
校訂者鈴木 行三

底本 定本 圓朝全集 巻の一

親本 圓朝全集卷の一

青空情報


底本:「定本 圓朝全集 巻の一」近代文芸・資料複刻叢書、世界文庫
   1963(昭和38)年6月10日発行
底本の親本:「圓朝全集卷の一」春陽堂
   1926(大正15)年9月3日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
ただし、話芸の速記を元にした底本の特徴を残すために、繰り返し記号はそのまま用いました。
また、総ルビの底本から、振り仮名の一部を省きました。
底本中ではばらばらに用いられている、「其の」と「其」、「此の」と「此」は、それぞれ「其の」と「此の」に統一しました。
また、底本中では改行されていませんが、会話文の前後で段落をあらため、会話文の終わりを示す句読点は、受けのかぎ括弧にかえました。
※表題は底本では、「文七元結(ぶんしちもとゆい)」となっています。
入力:小林 繁雄
校正:かとうかおり
2000年5月8日公開
2016年4月21日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:文七元結

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