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非凡なる凡人

著者:国木田独歩

ひぼんなるぼんじん - くにきだ どっぽ

文字数:8,379 底本発行年:1972
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著者:国木田 独歩
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序章-章なし

上

五六人の年若い者が集まって互いに友の上を噂(うわさ)しあったことがある、その時、一人が――

僕の小供(こども)の時からの友に桂正作(かつらしょうさく)という男がある、今年二十四で今は横浜のある会社に技手として雇われもっぱら電気事業に従事しているが、まずこの男ほど類の異(ちが)った人物はあるまいかと思われる。

非凡人(ひぼんじん)ではない。 けれども凡人でもない。 さりとて偏物(へんぶつ)でもなく、奇人でもない。 非凡なる凡人というが最も適評かと僕は思っている。

僕は知れば知るほどこの男に感心せざるを得ないのである。 感心するといったところで、秀吉(ひでよし)とか、ナポレオンとかそのほかの天才に感心するのとは異うので、この種の人物は千百歳に一人も出るか出ないかであるが、桂正作のごときは平凡なる社会がつねに産出しうる人物である、また平凡なる社会がつねに要求する人物である。 であるから桂のような人物が一人殖(ふ)えればそれだけ社会が幸福なのである。 僕の桂に感心するのはこの意味においてである。 また僕が桂をば非凡なる凡人と評するのもこのゆえである。

僕らがまだ小学校に通っている時分であった。 ある日、その日は日曜で僕は四五人の学校仲間と小松山(こまつやま)へ出かけ、戦争の真似(まね)をして、我こそ秀吉だとか義経だとか、十三四にもなりながらばかげた腕白(わんぱく)を働らいて大あばれに荒(あば)れ、ついに喉(のど)が渇(かわ)いてきたので、山のすぐ麓(ふもと)にある桂正作の家の庭へ、裏山からドヤドヤと駈下(かけお)りて、案内も乞(こ)わず、いきなり井戸辺(いどばた)に集まって我がちにと水を汲(く)んで呑(の)んだ。

すると二階の窓から正作が顔を出してこっちを見ている。 僕はこれを見るや

「来ないか」と呼んだ。 けれどもいつにないまじめくさった顔つきをして頭を横に振った。 腕白のほうでも人並のことをしてのける桂正作、不思議と出てこないので、僕らもしいては誘わず、そのまままた山に駈登ってしまった。

騒ぎ疲(くた)ぶれて衆人(みんな)散々(ちりぢり)に我家へと帰り去り、僕は一人桂の宅(うち)に立寄った。 黙って二階へ上がってみると、正作は「テーブル」に向かい椅子(いす)に腰をかけて、一心になって何か読んでいる。

僕はまずこの「テーブル」と椅子のことから説明しようと思う。 「テーブル」というは粗末な日本机の両脚の下に続台(つぎだい)をした品物で、椅子とは足続(あしつ)ぎの下に箱を置いただけのこと。 けれども正作はまじめでこの工夫をしたので、学校の先生が日本流の机は衛生に悪いといった言葉をなるほどと感心してすぐこれだけのことを実行したのである。 そしてその後つねにこの椅子テーブルで彼は勉強していたのである。 そのテーブルの上には教科書その他の書籍を丁寧(ていねい)に重ね、筆墨(ひつぼく)の類までけっして乱雑に置いてはない。 で彼は日曜のいい天気なるにもかかわらず何の本か、脇目(わきめ)もふらないで読んでいるので、僕はそのそばに行って、

「何を読んでいるのだ」といいながら見ると、洋綴(ようとじ)の厚い本である。

「西国立志編(さいこくりっしへん)だ」と答えて顔を上げ、僕を見たその眼(まな)ざしはまだ夢の醒(さ)めない人のようで、心はなお書籍の中にあるらしい。

「おもしろいかね?」

「ウン、おもしろい」

「日本外史(にほんがいし)とどっちがおもしろい」と僕が問うや、桂は微笑(わらい)を含んで、ようやく我に復(かえ)り、いつもの元気のよい声で

「それやアこのほうがおもしろいよ。 日本外史とは物が異(ちが)う。 昨夜(ゆうべ)僕は梅田先生の処から借りてきてから読みはじめたけれどおもしろうて止められない。 僕はどうしても一冊(いっさつ)買うのだ」といって嬉(うれ)しくってたまらない風であった。

その後桂はついに西国立志編を一冊買い求めたが、その本というは粗末至極な洋綴で、一度読みおわらないうちにすでにバラバラになりそうな代物(しろもの)ゆえ、彼はこれを丈夫(じょうぶ)な麻糸で綴じなおした。

この時が僕も桂も数え年の十四歳。 桂は一度西国立志編の美味(うまみ)を知って以後は、何度この書を読んだかしれない、ほとんど暗誦するほど熟読したらしい、そして今日といえどもつねにこれを座右(ざゆう)に置いている。

序章-章なし
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非凡なる凡人 - 情報

非凡なる凡人

ひぼんなるぼんじん

文字数 8,379文字

著者リスト:

底本 日本文学全集12 国木田独歩 石川啄木集

青空情報


底本:「日本文学全集12 国木田独歩 石川啄木集」集英社
   1972(昭和47)年10月7日初版
入力:宮崎達郎
校正:久保あきら
1999年9月1日公開
2004年5月25日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:非凡なる凡人

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