序章-章なし
あさ、眼をさますときの気持は、面白い。
かくれんぼのとき、押入れの真っ暗い中に、じっと、しゃがんで隠れていて、突然、でこちゃんに、がらっと襖をあけられ、日の光がどっと来て、でこちゃんに、「見つけた!」と大声で言われて、まぶしさ、それから、へんな間の悪さ、それから、胸がどきどきして、着物のまえを合せたりして、ちょっと、てれくさく、押入れから出て来て、急にむかむか腹立たしく、あの感じ、いや、ちがう、あの感じでもない、なんだか、もっとやりきれない。
箱をあけると、その中に、また小さい箱があって、その小さい箱をあけると、またその中に、もっと小さい箱があって、そいつをあけると、また、また、小さい箱があって、その小さい箱をあけると、また箱があって、そうして、七つも、八つも、あけていって、とうとうおしまいに、さいころくらいの小さい箱が出て来て、そいつをそっとあけてみて、何もない、からっぽ、あの感じ、少し近い。
パチッと眼がさめるなんて、あれは嘘だ。
濁って濁って、そのうちに、だんだん澱粉が下に沈み、少しずつ上澄が出来て、やっと疲れて眼がさめる。
朝は、なんだか、しらじらしい。
悲しいことが、たくさんたくさん胸に浮かんで、やりきれない。
いやだ。
いやだ。
朝の私は一ばん醜い。
両方の脚が、くたくたに疲れて、そうして、もう、何もしたくない。
熟睡していないせいかしら。
朝は健康だなんて、あれは嘘。
朝は灰色。
いつもいつも同じ。
一ばん虚無だ。
朝の寝床の中で、私はいつも厭世的だ。
いやになる。
いろいろ醜い後悔ばっかり、いちどに、どっとかたまって胸をふさぎ、身悶えしちゃう。
朝は、意地悪。
「お父さん」と小さい声で呼んでみる。
へんに気恥ずかしく、うれしく、起きて、さっさと蒲団をたたむ。
蒲団を持ち上げるとき、よいしょ、と掛声して、はっと思った。
私は、いままで、自分が、よいしょなんて、げびた言葉を言い出す女だとは、思ってなかった。
よいしょ、なんて、お婆さんの掛声みたいで、いやらしい。
どうして、こんな掛声を発したのだろう。
私のからだの中に、どこかに、婆さんがひとつ居るようで、気持がわるい。
これからは、気をつけよう。
ひとの下品な歩き恰好を顰蹙していながら、ふと、自分も、そんな歩きかたしているのに気がついた時みたいに、すごく、しょげちゃった。
朝は、いつでも自信がない。
寝巻のままで鏡台のまえに坐る。
眼鏡をかけないで、鏡を覗くと、顔が、少しぼやけて、しっとり見える。
自分の顔の中で一ばん眼鏡が厭なのだけれど、他の人には、わからない眼鏡のよさも、ある。
眼鏡をとって、遠くを見るのが好きだ。
全体がかすんで、夢のように、覗き絵みたいに、すばらしい。
汚ないものなんて、何も見えない。
大きいものだけ、鮮明な、強い色、光だけが目にはいって来る。
眼鏡をとって人を見るのも好き。
相手の顔が、皆、優しく、きれいに、笑って見える。