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女生徒

著者:太宰治

じょせいと - だざい おさむ

文字数:31,096 底本発行年:1954
著者リスト:
著者太宰 治
底本: 女生徒
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序章-章なし

あさ、眼をさますときの気持は、面白い。 かくれんぼのとき、押入れの真っ暗い中に、じっと、しゃがんで隠れていて、突然、でこちゃんに、がらっとふすまをあけられ、日の光がどっと来て、でこちゃんに、「見つけた!」と大声で言われて、まぶしさ、それから、へんな間の悪さ、それから、胸がどきどきして、着物のまえを合せたりして、ちょっと、てれくさく、押入れから出て来て、急にむかむか腹立たしく、あの感じ、いや、ちがう、あの感じでもない、なんだか、もっとやりきれない。 箱をあけると、その中に、また小さい箱があって、その小さい箱をあけると、またその中に、もっと小さい箱があって、そいつをあけると、また、また、小さい箱があって、その小さい箱をあけると、また箱があって、そうして、七つも、八つも、あけていって、とうとうおしまいに、さいころくらいの小さい箱が出て来て、そいつをそっとあけてみて、何もない、からっぽ、あの感じ、少し近い。 パチッと眼がさめるなんて、あれは嘘だ。 濁って濁って、そのうちに、だんだん澱粉でんぷんが下に沈み、少しずつ上澄うわずみが出来て、やっと疲れて眼がさめる。 朝は、なんだか、しらじらしい。 悲しいことが、たくさんたくさん胸に浮かんで、やりきれない。 いやだ。 いやだ。 朝の私は一ばんみにくい。 両方の脚が、くたくたに疲れて、そうして、もう、何もしたくない。 熟睡していないせいかしら。 朝は健康だなんて、あれは嘘。 朝は灰色。 いつもいつも同じ。 一ばん虚無だ。 朝の寝床の中で、私はいつも厭世的だ。 いやになる。 いろいろ醜い後悔ばっかり、いちどに、どっとかたまって胸をふさぎ、身悶みもだえしちゃう。

朝は、意地悪いじわる

「お父さん」と小さい声で呼んでみる。 へんに気恥ずかしく、うれしく、起きて、さっさと蒲団ふとんをたたむ。 蒲団を持ち上げるとき、よいしょ、と掛声して、はっと思った。 私は、いままで、自分が、よいしょなんて、げびた言葉を言い出す女だとは、思ってなかった。 よいしょ、なんて、お婆さんの掛声みたいで、いやらしい。 どうして、こんな掛声を発したのだろう。 私のからだの中に、どこかに、婆さんがひとつ居るようで、気持がわるい。 これからは、気をつけよう。 ひとの下品な歩き恰好かっこう顰蹙ひんしゅくしていながら、ふと、自分も、そんな歩きかたしているのに気がついた時みたいに、すごく、しょげちゃった。

朝は、いつでも自信がない。 寝巻のままで鏡台のまえに坐る。 眼鏡をかけないで、鏡を覗くと、顔が、少しぼやけて、しっとり見える。 自分の顔の中で一ばん眼鏡がいやなのだけれど、他の人には、わからない眼鏡のよさも、ある。 眼鏡をとって、遠くを見るのが好きだ。 全体がかすんで、夢のように、覗き絵みたいに、すばらしい。 汚ないものなんて、何も見えない。 大きいものだけ、鮮明な、強い色、光だけが目にはいって来る。 眼鏡をとって人を見るのも好き。 相手の顔が、皆、優しく、きれいに、笑って見える。

序章-章なし
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女生徒 - 情報

女生徒

じょせいと

文字数 31,096文字

著者リスト:
著者太宰 治

底本 女生徒

青空情報


底本:「女生徒」角川文庫、角川書店
   1954(昭和29)年10月20日初版発行
   1968(昭和43)年2月5日44版発行
入力:細渕真弓
校正:細渕紀子
1999年2月16日公開
2011年5月22日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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