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シグナルとシグナレス

著者:宮沢賢治

シグナルとシグナレス - みやざわ けんじ

文字数:11,192 底本発行年:1957
著者リスト:
著者宮沢 賢治
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序章-章なし

「ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、

さそりの赤眼あかめが 見えたころ、

四時から今朝けさも やって来た。

遠野とおの盆地ぼんちは まっくらで、

つめたい水の 声ばかり。

ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、

こごえた砂利じゃりに げをき、

火花をやみに まきながら、

蛇紋岩サアペンテインの がけに来て、

やっと東が えだした。

ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、

鳥がなきだし 木は光り、

青々川は ながれたが、

おかもはざまも いちめんに、

まぶしいしもを せていた。

ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、

やっぱりかけると あったかだ、

ぼくはほうほう あせが出る。

もう七、八 はせたいな、

今日も一日 霜ぐもり。

ガタンガタン、ギー、シュウシュウ」

軽便鉄道けいべんてつどうの東からの一番列車れっしゃが少しあわてたように、こう歌いながらやって来てとまりました。 機関車きかんしゃの下からは、力のないげがげ出して行き、ほそ長いおかしな形の煙突えんとつからは青いけむりが、ほんの少うし立ちました。

そこで軽便鉄道づきの電信柱でんしんばしらどもは、やっと安心あんしんしたように、ぶんぶんとうなり、シグナルの柱はかたんと白い腕木うできを上げました。 このまっすぐなシグナルの柱は、シグナレスでした。

シグナレスはほっと小さなためいきをついて空を見上げました。 空にはうすい雲がしまになっていっぱいにち、それはつめたい白光しろびかりこおった地面じめんらせながら、しずかに東にながれていたのです。

シグナレスはじっとその雲のをながめました。 それからやさしい腕木を思い切りそっちの方へばしながら、ほんのかすかに、ひとりごとをいました。

今朝けさ伯母おばさんたちもきっとこっちの方を見ていらっしゃるわ」

シグナレスはいつまでもいつまでも、そっちに気をとられておりました。

「カタン」

うしろの方のしずかな空で、いきなり音がしましたのでシグナレスはいそいでそっちをふりきました。 ずうっとまれた黒い枕木まくらぎの向こうに、あの立派りっぱ本線ほんせんのシグナルばしらが、今はるかの南から、かがやく白けむりをあげてやって来る列車れっしゃむかえるために、その上のかたうでを下げたところでした。

「お早う今朝はあたたかですね」本線のシグナル柱は、キチンと兵隊へいたいのように立ちながら、いやにまじめくさってあいさつしました。

「お早うございます」シグナレスはふし目になって、声をとしてこたえました。

わかさま、いけません。 これからはあんなものにやたらに声を、おかけなさらないようにねがいます」本線のシグナルに夜電気をおくふと電信柱でんしんばしらがさももったいぶってもうしました。

本線のシグナルはきまりわるそうに、もじもじしてだまってしまいました。

序章-章なし
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シグナルとシグナレス - 情報

シグナルとシグナレス

シグナルとシグナレス

文字数 11,192文字

著者リスト:
著者宮沢 賢治

底本 セロ弾きのゴーシュ

青空情報


底本:「セロ弾きのゴーシュ」角川文庫、角川書店
   1957(昭和32)年11月15日初版発行
   1967(昭和42)年4月5日10版発行
   1993(平成5)年5月20日改版50版発行
初出:「岩手毎日新聞」
   1923(大正12)年5月
入力:土屋隆
校正:田中敬三
2008年3月25日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:シグナルとシグナレス

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