グッド・バイ
著者:太宰治
グッド・バイ - だざい おさむ
文字数:14,586 底本発行年:1975
変心 (一)
文壇の、
その帰り、二人の男が
「あいつも、」と文士は言う。
「女が好きだったらしいな。
お前も、そろそろ
「全部、やめるつもりでいるんです。」
その編集者は、顔を赤くして答える。
この文士、ひどく露骨で、下品な口をきくので、その好男子の編集者はかねがね敬遠していたのだが、きょうは自身に傘の用意が無かったので、仕方なく、文士の
全部、やめるつもりでいるんです。
しかし、それは、まんざら
何かしら、変って来ていたのである。
終戦以来、三年
三十四歳、雑誌「オベリスク」編集長、田島周二、言葉に少し関西なまりがあるようだが、自身の出生に就いては、ほとんど語らぬ。
もともと、抜け目の無い男で、「オベリスク」の編集は世間へのお
かれは、しかし、独身では無い。
独身どころか、いまの細君は後妻である。
先妻は、白痴の女児ひとりを残して、肺炎で死に、それから彼は、東京の家を売り、埼玉県の友人の家に
終戦になり、細君と女児を、細君のその実家にあずけ、かれは単身、東京に乗り込み、郊外のアパートの一部屋を借り、そこはもうただ、寝るだけのところ、抜け目なく四方八方を飛び歩いて、しこたま、もうけた。
けれども、それから三年経ち、何だか気持が変って来た。
世の中が、何かしら微妙に変って来たせいか、または、彼のからだが、日頃の不節制のために最近めっきり
もう、この辺で、闇商売からも足を洗い、雑誌の編集に専念しよう。 それに就いて、……。
それに就いて、さし当っての難関。
まず、女たちと
「全部、やめるつもり、……」大男の文士は口をゆがめて苦笑し、「それは結構だが、いったい、お前には、女が幾人あるんだい?」
変心 (二)
田島は、泣きべその顔になる。 思えば、思うほど、自分ひとりの力では、到底、処理の仕様が無い。 金ですむ事なら、わけないけれども、女たちが、それだけで引下るようにも思えない。
「いま考えると、まるで僕は狂っていたみたいなんですよ。 とんでもなく、手をひろげすぎて、……」