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藪の中

著者:芥川龍之介

やぶのなか - あくたがわ りゅうのすけ

文字数:8,242 底本発行年:1928
著者リスト:
著者芥川 竜之介
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檢非違使に問はれたる木樵りの物語

さやうでございます。 あの死骸しがいつけたのは、わたしにちがひございません。 わたしは今朝けさ何時いつものとほり、裏山うらやますぎりにまゐりました。 すると山陰やまかげやぶなかに、あの死骸しがいがあつたのでございます。 あつたところでございますか? それは山科やましな驛路えきろからは、四五ちやうほどへだたつてりませう。 たけなかすぎまじつた、人氣ひとけのないところでございます。

死骸しがいはなだ水干すゐかんに、都風みやこふうのさび烏帽子ゑばうしをかぶつたまま仰向あをむけにたふれてりました。 なにしろ一刀ひとかたなとはまをすものの、むなもとのきずでございますから、死骸しがいのまはりのたけ落葉おちばは、蘇芳すはうみたやうでございます。 いえ、はもうながれてはりません。 傷口きずぐちかわいてつたやうでございます。 おまけに其處そこには、馬蠅うまばへが一ぴき、わたしの足音あしおときこえないやうに、べつたりひついてりましたつけ。

太刀たちなにかはえなかつたか? いえ、なにもございません。 ただそのそばすぎがたに、なは一筋ひとすぢちてりました。 それから、――さうさう、なはほかにもくしひとつございました。 死骸しがいのまはりにあつたものは、このふたつぎりでございます。 が、くさたけ落葉おちばは、一めんあらされてりましたから、きつとあのをとこころされるまへに、餘程よほど手痛ていたはたらきでもいたしたのにちがひございません。 なにうまはゐなかつたか? あそこは一たいうまなぞには、はひれないところでございます。 なにしろうまかよみちとは、やぶひとへだたつてりますから。

檢非違使に問はれたる旅法師の物語

あの死骸しがいをとこには、たしかに昨日きのふつてります。 昨日きのふの、――さあ、午頃ひるごろでございませう。 場所ばしよ關山せきやまから山科やましなへ、まゐらうと途中とちうでございます。 あのをとこうまつたをんなと一しよに、關山せきやまはうあるいてまゐりました。 をんな牟子むしれてりましたから、かほはわたしにはわかりません。 えたのはただ萩重はぎがさねらしい、きぬいろばかりでございます。 うま月毛つきげの、――たし法師髮ほふしがみうまのやうでございました。 たけでございますか? たけ四寸よきもございましたか? ――なにしろ沙門しやもんことでございますから、そのへんははつきりぞんじません。 をとこは、――いえ、太刀たちびてれば、弓矢ゆみやたづさへてりました。 ことくろえびらへ、二十あまり征矢そやをさしたのは、唯今ただいまでもはつきりおぼえてります。

あのをとこがかやうになろうとは、ゆめにもおもはずにりましたが、まことに人間にんげんいのちなぞは、如露亦如電によろやくによでんちがひございません。 やれやれ、なんともまをしやうのない、どくこといたしました。

檢非違使に問はれたる放免の物語

わたしがからつたをとこでございますか? これはたしかに多襄丸たじやうまるふ、名高なだか盜人ぬすびとでございます。 もつともわたしがからつたときには、うまからちたのでございませう、粟田口あはだぐち石橋いしばしうへに、うんうんうなつてりました。 時刻じこくでございますか? 時刻じこく昨夜さくや初更しよかうごろでございます。 何時いつぞやわたしがとらそんじたときにも、やはりこのこん水干すいかんに、打出うちだしの太刀たちいてりました。 唯今ただいまはそのほかにも御覽ごらんとほり、弓矢ゆみやるゐさへたずさへてります。 さやうでございますか? あの死骸しがいをとこつてゐたのも、――では人殺ひとごろしをはたらいたのは、この多襄丸たじやうまるちがひございません。 かはいたゆみ黒塗くろぬりのえびらたか征矢そやが十七ほん、――これはみな、あのをとこつてゐたものでございませう。

檢非違使に問はれたる木樵りの物語

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藪の中 - 情報

藪の中

やぶのなか

文字数 8,242文字

著者リスト:

底本 現代日本文學全集 第三〇篇 芥川龍之介集

青空情報


底本:「現代日本文學全集 第三〇篇 芥川龍之介集」改造社
   1928(昭和3)年1月9日発行
初出:「新潮」
   1922(大正11)年1月1日
※表題は底本では、「藪(やぶ)の中(なか)」となっています。
入力:高柳典子
校正:岡山勝美
2012年2月8日作成
2012年3月25日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:藪の中

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