美男子と煙草
著者:太宰治
びだんしとたばこ - だざい おさむ
文字数:4,479 底本発行年:1975
私は、
私のたたかい。
それは、一言[#「一言」は底本では「一事」]で言えば、古いものとのたたかいでした。
ありきたりの気取りに対するたたかいです。
見えすいたお
私は、エホバにだって誓って言えます。 私は、そのたたかいの為に、自分の持ち物全部を失いました。 そうして、やはり私は独りで、いつも酒を飲まずには居られない気持で、そうして、どうやら、負けそうになって来ました。
古い者は、意地が悪い。
何のかのと、
私は、負けそうになりました。
先日、或るところで、下等な酒を飲んでいたら、そこへ年寄りの文学者が三人はいって来て、私がそのひとたちとは知合いでも何でも無いのに、いきなり私を取りかこみ、ひどくだらしない酔い方をして、私の小説に
「ひとが、ひとが、こんな、いのちがけで必死で書いているのに、みんなが、軽いなぶりものにして、……あのひとたちは、先輩なんだ、僕より十も二十も上なんだ、それでいて、みんな力を合せて、僕を否定しようとしていて、……
などと、とりとめの無い事をつぶやきながら、いよいよ
「おやすみなさい、ね。」
と言い、私を寝床に連れて行きましたが、寝てからも、そのくやし泣きの嗚咽が、なかなか、とまりませんでした。
ああ、生きて行くという事は、いやな事だ。
その、くやし泣きに泣いた日から、数日後、或る雑誌社の、若い記者が来て、私に向い、妙な事を言いました。
「上野の浮浪者を見に行きませんか?」
「浮浪者?」
「ええ、一緒の写真をとりたいのです。」
「僕が、浮浪者と一緒の?」
「そうです。」
と答えて、落ちついています。
なぜ、特に私を選んだのでしょう。 太宰といえば、浮浪者。 浮浪者といえば、太宰。 何かそのような因果関係でもあるのでしょうか。
「参ります。」
私は、泣きべその気持の時に、かえって反射的に相手に立向う性癖を持っているようです。
私はすぐ立って背広に着換え、私の方から、その若い記者をせき立てるようにして家を出ました。