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瓶詰地獄

著者:夢野久作

びんづめじごく - ゆめの きゅうさく

文字数:6,655 底本発行年:1998
著者リスト:
著者夢野 久作
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序章-章なし

拝呈 時下益々御清栄、奉慶賀候けいがたてまつりそうろう 陳者のぶればかねてより御通達の、潮流研究用とおぼしき、赤封蝋ふうろう附きの麦酒ビール瓶、拾得次第届告とどけつげ仕る様、島民一般に申渡置候処もうしわたしおきそうろうところ、此程、本島南岸に、別小包の如き、樹脂封蝋附きの麦酒ビール瓶が三個漂着致し居るを発見、届出申候とどけいでもうしそうろう 右はいずれも約半里、乃至ないし、一里余を隔てたる個所に、或は砂に埋もれ、又は岩の隙間に固く挟まれ居りたるものにて、よほど以前に漂着致したるものらしく、中味も、御高示の如き、官製端書はがきとは相見えず、雑記帳の破片様のものらしく候為め、御下命の如き漂着の時日等の記入は不可能と被為存候ぞんぜられそうろう 然れ共、なお何かの御参考と存じ、三個とも封瓶のまま、村費にて御送附申上候間もうしあげそうろうあいだ何卒なにとぞ御落手相願度あいねがいたく、此段得貴意候きいをえそうろう 敬具

月   日

××島村役場※[#丸印、U+329E、36-10]

海洋研究所 御中

◇第一の瓶の内容

ああ………この離れ島に、救いの舟がとうとう来ました。

大きな二本のエントツの舟から、ボートが二艘、荒浪の上におろされました。 舟の上から、それを見送っている人々の中にまじって、私たちのお父さまや、お母さまと思われる、なつかしいお姿が見えます。 そうして……おお……私たちの方に向って、白いハンカチを振って下さるのが、ここからよくわかります。

お父さまや、お母さまたちはきっと、私たちが一番はじめに出した、ビール瓶の手紙を御覧になって、助けに来て下すったに違いありませぬ。

大きな船から真白い煙が出て、今助けに行くぞ……というように、高い高い笛の音が聞こえて来ました。 その音が、この小さな島の中の、禽鳥とり昆虫むしを一時に飛び立たせて、遠い海中わだなかに消えて行きました。

けれども、それは、私たち二人にとって、最後の審判の日の※(「竹かんむり/孤」、第4水準2-83-54)らっぱよりも怖ろしいひびきで御座いました。 私たちの前で天と地が裂けて、神様のお眼の光りと、地獄の火焔ほのお一時いっときひらめき出たように思われました。

ああ。 手がふるえて、心が倉皇あわてて書かれませぬ。 涙で眼が見えなくなります。

私たち二人は、今から、あの大きな船の真正面に在る高い崖の上に登って、お父様や、お母様や、救いに来て下さる水夫さん達によく見えるように、シッカリと抱き合ったまま、深い淵の中に身を投げて死にます。 そうしたら、いつも、あそこに泳いでいるフカが、間もなく、私たちを喰べてしまってくれるでしょう。 そうして、あとには、この手紙を詰めたビール瓶が一本浮いているのを、ボートに乗っている人々が見つけて、拾い上げて下さるでしょう。

ああ。 お父様。 お母様。 すみません。 すみません、すみません、すみません。 私たちは初めから、あなた方の愛子いとしごでなかったと思って諦らめて下さいませ。

又、せっかく、遠い故郷ふるさとから、私たち二人を、わざわざ助けに来て下すった皆様の御親切に対しても、こんなことをする私たち二人はホントにホントに済みません。 どうぞどうぞおゆるし下さい。 そうして、お父様と、お母様にいだかれて、人間の世界へ帰る、喜びの時が来ると同時に、死んで行かねばならぬ、不倖ふしあわせな私たちの運命を、お矜恤あわれみ下さいませ。

私たちは、こうして私たちの肉体と霊魂たましいを罰せねば、犯した罪の報償つぐのいが出来ないのです。 この離れ島の中で、私たち二人が犯した、それはそれは恐ろしい悖戻よこしま報責むくいなのです。

どうぞ、これより以上うえに懺悔することを、おゆるし下さい。 私たち二人はフカの餌食になる価打ねうちしか無い、狂妄しれものだったのですから……。

ああ。 さようなら。

神様からも人間からも救われ得ぬ

序章-章なし
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瓶詰地獄 - 情報

瓶詰地獄

びんづめじごく

文字数 6,655文字

著者リスト:
著者夢野 久作

底本 夢野久作怪奇幻想傑作選 あやかしの鼓

青空情報


底本:「夢野久作怪奇幻想傑作選 あやかしの鼓」角川ホラー文庫、角川書店
   1998(平成10)年4月10日初版発行
初出:「猟奇」
   1928(昭和3)年10月
入力:林裕司
校正:浜野智
1998年11月10日公開
2019年4月21日修正
青空文庫作成ファイル:
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