姥捨
著者:太宰治
うばすて - だざい おさむ
文字数:13,764 底本発行年:1975
そのとき、
「いいの。
あたしは、きちんと
「それはいけない。 おまえの覚悟というのは私にわかっている。 ひとりで死んでゆくつもりか、でなければ、身ひとつでやけくそに落ちてゆくか、そんなところだろうと思う。 おまえには、ちゃんとした親もあれば、弟もある。 私は、おまえがそんな気でいるのを、知っていながら、はいそうですかとすまして見ているわけにゆかない。」 などと、ふんべつありげなことを言っていながら、嘉七も、ふっと死にたくなった。
「死のうか。 一緒に死のう。 神さまだってゆるして呉れる。」
ふたり、厳粛に身支度をはじめた。
あやまった人を愛撫した妻と、妻をそのような行為にまで追いやるほど、それほど日常の生活を荒廃させてしまった夫と、お互い身の結末を死ぬことに
真昼の荻窪の駅には、ひそひそ人が出はいりしていた。 嘉七は、駅のまえにだまって立って煙草をふかしていた。 きょときょと嘉七を捜し求めて、ふいと嘉七の姿を認めるや、ほとんどころげるように駈け寄って来て、
「成功よ。 大成功。」 とはしゃいでいた。 「十五円も貸しやがった。 ばかねえ。」
この女は死なぬ。
死なせては、いけないひとだ。
おれみたいに生活に