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ツェねずみ

著者:宮沢賢治

ツェねずみ - みやざわ けんじ

文字数:4,851 底本発行年:1951
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著者宮沢 賢治
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序章-章なし

ある古い家の、まっくらな天井裏に、「ツェ」という名まえのねずみがすんでいました。

ある日ツェねずみは、きょろきょろ四方を見まわしながら、床下街道ゆかしたかいどうを歩いていますと、向こうからいたちが、何かいいものをたくさんもって、風のように走って参りました。 そしてツェねずみを見て、ちょっとたちどまって早口に言いました。

「おい、ツェねずみ。 お前んとこの戸棚とだなの穴から、金米糖こんぺいとうがばらばらこぼれているぜ。 早く行ってひろいな。」

ツェねずみは、もうひげもぴくぴくするくらいよろこんで、いたちにはお礼も言わずに、いっさんにそっちへ走って行きました。 ところが戸棚の下まで来たとき、いきなり足がチクリとしました。 そして、「止まれ、だれかっ。」 と言う小さな鋭い声がします。

ツェねずみはびっくりしてよく見ますと、それはありでした。 蟻の兵隊は、もう金米糖のまわりに四重の非常線を張って、みんな黒いまさかりをふりかざしています。 二三十匹は金米糖を片っぱしから砕いたり、とかしたりして、巣へはこぶしたくです。 ツェねずみはぶるぶるふるえてしまいました。

「ここから内へはいってならん。 早く帰れ。 帰れ、帰れ。」 蟻の特務曹長とくむそうちょうが、低い太い声で言いました。

ねずみはくるっと一つまわって、いちもくさんに天井裏へかけあがりました。 そして巣の中へはいって、しばらくねころんでいましたが、どうもおもしろくなくて、おもしろくなくて、たまりません。 ありはまあ兵隊だし、強いからしかたもないが、あのおとなしいいたちめに教えられて、戸棚とだなの下まで走って行ってあり曹長そうちょうにけんつくを食うとは、なんたるしゃくにさわることだとツェねずみは考えました。 そこでねずみは巣からまたちょろちょろはい出して、木小屋の奥のいたちの家にやって参りました。

いたちはちょうど、とうもろこしのつぶを、歯でこつこつかんで粉にしていましたが、ツェねずみを見て言いました。

「どうだ。 金米糖がなかったかい。」

「いたちさん。 ずいぶんお前もひどい人だね。 わたしのような弱いものをだますなんて。」

「だましゃせん。 たしかにあったのや。」

「あるにはあっても、もう蟻が来てましたよ。」

「蟻が、へい。 そうかい。 早いやつらだね。」

「みんな蟻がとってしまいましたよ。 私のような弱いものをだますなんて、まどうてください。 償うてください。」

「それはしかたない。 お前の行きようが少しおそかったのや。」

序章-章なし
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ツェねずみ - 情報

ツェねずみ

ツェねずみ

文字数 4,851文字

著者リスト:
著者宮沢 賢治

底本 童話集 銀河鉄道の夜 他十四編

親本 宮沢賢治全集 第八巻

青空情報


底本:「童話集 銀河鉄道の夜 他十四編」岩波文庫、岩波書店
   1951(昭和26)年10月25日第1刷発行
   1966(昭和41)年7月16日第18刷改版発行
   2000(平成12)年5月25日改版第71刷発行
入力:のぶ
校正:noriko saito
2005年5月12日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:ツェねずみ

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