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風野又三郎

著者:宮沢賢治

かぜのまたさぶろう - みやざわ けんじ

文字数:31,461 底本発行年:1995
著者リスト:
著者宮沢 賢治
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序章-章なし

九月一日

どっどどどどうど どどうど どどう、

ああまいざくろも吹きとばせ

すっぱいざくろもふきとばせ

どっどどどどうど どどうど どどう

谷川の岸に小さな四角な学校がありました。

学校といっても入口とあとはガラス窓の三つついた教室がひとつあるきりでほかにはたまりも教員室もなく運動場はテニスコートのくらいでした。

先生はたった一人で、五つの級を教えるのでした。 それはみんなでちょうど二十人になるのです。 三年生はひとりもありません。

さわやかな九月一日の朝でした。 青ぞらで風がどうと鳴り、日光は運動場いっぱいでした。 黒い雪袴ゆきばかまをはいた二人の一年生の子がどてをまわって運動場にはいって来て、まだほかにたれも来ていないのを見て

「ほう、おら一等だぞ。 一等だぞ。」 とかわるがわるさけびながら大悦おおよろこびで門をはいって来たのでしたが、ちょっと教室の中を見ますと、二人ともまるでびっくりして棒立ちになり、それから顔を見合せてぶるぶるふるえました。 がひとりはとうとう泣き出してしまいました。 というわけはそのしんとした朝の教室のなかにどこから来たのか、まるで顔も知らないおかしな赤いかみの子供がひとり一番前の机にちゃんとすわっていたのです。 そしてその机といったらまったくこの泣いた子の自分の机だったのです。 もひとりの子ももう半分泣きかけていましたが、それでもむりやりをりんと張ってそっちの方をにらめていましたら、ちょうどそのとき川上から

「ちゃうはあぶどり、ちゃうはあぶどり」と高く叫ぶ声がしてそれからいなずまのように嘉助かすけが、かばんをかかえてわらって運動場へかけて来ました。 と思ったらすぐそのあとから佐太郎だの耕助だのどやどややってきました。

「なして泣いでら、うなかもたのが。」 嘉助が泣かないこどものかたをつかまえていました。 するとその子もわあと泣いてしまいました。 おかしいとおもってみんながあたりを見ると、教室の中にあの赤毛のおかしな子がすましてしゃんとすわっているのが目につきました。 みんなはしんとなってしまいました。 だんだんみんな女の子たちも集って来ましたが誰も何とも云えませんでした。 赤毛の子どもは一向こわがる風もなくやっぱりじっと座っています。 すると六年生の一郎が来ました。 一郎はまるで坑夫こうふのようにゆっくり大股おおまたにやってきて、みんなを見て「した」とききました。 みんなははじめてがやがや声をたててその教室の中の変な子を指しました。 一郎はしばらくそっちを見ていましたがやがてかばんをしっかりかかえてさっさと窓の下へ行きました。 みんなもすっかり元気になってついて行きました。

たれだ、時間にならなぃに教室へはいってるのは。」 一郎は窓へはいのぼって教室の中へ顔をつき出して云いました。

「先生にうんとしからえるぞ。」 窓の下の耕助が云いました。

「叱らえでもおら知らなぃよ。」

序章-章なし
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風野又三郎 - 情報

風野又三郎

かぜのまたさぶろう

文字数 31,461文字

著者リスト:
著者宮沢 賢治

底本 ポラーノの広場

青空情報


底本:「ポラーノの広場」新潮文庫、新潮社
   1995(平成7)年2月1日発行
   1997(平成9)年5月25日3刷
入力:土屋隆
校正:高柳典子
2008年3月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:風野又三郎

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