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貝の火

著者:宮沢賢治

かいのひ - みやざわ けんじ

文字数:14,297 底本発行年:1969
著者リスト:
著者宮沢 賢治
底本: 銀河鉄道の夜
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序章-章なし

今はうさぎたちは、みんなみじかい茶色の着物きものです。

野原のはらの草はきらきら光り、あちこちのかばの木は白い花をつけました。

じつ野原のはらはいいにおいでいっぱいです。

子兎こうさぎのホモイは、よろこんでぴんぴんおどりながらもうしました。

「ふん、いいにおいだなあ。 うまいぞ、うまいぞ、鈴蘭すずらんなんかまるでパリパリだ」

風が来たので鈴蘭すずらんは、や花をたがいにぶっつけて、しゃりんしゃりんと鳴りました。

ホモイはもううれしくて、いきもつかずにぴょんぴょん草の上をかけ出しました。

それからホモイはちょっと立ちどまって、うでを組んでほくほくしながら、

「まるでぼくは川のなみの上で芸当げいとうをしているようだぞ」といました。

本当にホモイは、いつか小さなながれのきしまで来ておりました。

そこにはつめたい水がこぼんこぼんと音をたて、そこすながピカピカ光っています。

ホモイはちょっと頭をげて、

「この川をこうへえてやろうかな。 なあにわけないさ。 けれども川のこうがわは、どうも草がわるいからね」とひとりごとをいました。

すると不意ふいながれのかみの方から、

「ブルルル、ピイ、ピイ、ピイ、ピイ、ブルルル、ピイ、ピイ、ピイ、ピイ」とけたたましい声がして、うす黒いもじゃもじゃした鳥のような形のものが、ばたばたばたばたもがきながら、ながれてまいりました。

ホモイはいそいできしにかけよって、じっとちかまえました。

ながされるのは、たしかにやせたひばりの子供こどもです。 ホモイはいきなり水の中にんで、前あしでしっかりそれをつかまえました。

するとそのひばりの子供こどもは、いよいよびっくりして、黄色なくちばしを大きくあけて、まるでホモイのお耳もつんぼになるくらい鳴くのです。

ホモイはあわてて一生けんめい、あとあしで水をけりました。 そして、

大丈夫だいじょうぶさ、 大丈夫だいじょうぶさ」といながら、その子の顔を見ますと、ホモイはぎょっとしてあぶなく手をはなしそうになりました。 それは顔じゅうしわだらけで、くちばしが大きくて、おまけにどこかとかげにているのです。

けれどもこの強いうさぎの子は、けっしてその手をはなしませんでした。 おそろしさに口をへの字にしながらも、それをしっかりおさえて、高く水の上にさしあげたのです。

そして二人は、どんどんながされました。 ホモイは二度ほどなみをかぶったので、水をよほどのみました。 それでもその鳥の子ははなしませんでした。

するとちょうど、小流こながれのがりかどに、一本の小さなやなぎえだが出て、水をピチャピチャたたいておりました。

ホモイはいきなりそのえだに、青いかわの見えるくらいふかくかみつきました。 そして力いっぱいにひばりの子をきしやわらかな草の上にげあげて、自分も一とびにはね上がりました。

ひばりの子は草の上にたおれて、目を白くしてガタガタふるえています。

ホモイもつかれでよろよろしましたが、無理むりにこらえて、やなぎの白い花をむしって来て、ひばりの子にかぶせてやりました。 ひばりの子は、ありがとうとうようにその鼠色ねずみいろの顔をあげました。

ホモイはそれを見るとぞっとして、いきなり退きました。 そして声をたててげました。

序章-章なし
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貝の火 - 情報

貝の火

かいのひ

文字数 14,297文字

著者リスト:
著者宮沢 賢治

底本 銀河鉄道の夜

親本 第二次宮沢賢治全集 第十巻

青空情報


底本:「銀河鉄道の夜」角川文庫、角川書店
   1969(昭和44)年7月20日初版発行
   1991(平成3)年6月10日65刷
底本の親本:「第二次宮沢賢治全集 第十巻」筑摩書房
   1969(昭和44)年初版発行
入力:ゆかこ
校正:林 幸雄
2001年2月15日公開
2011年3月25日公開
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:貝の火

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