ポラーノの広場
著者:宮沢賢治
ポラーノのひろば - みやざわ けんじ
文字数:44,812 底本発行年:1971
前十七等官 レオーノ・キュースト誌
宮沢賢治 訳述
そのころわたくしは、モリーオ市の博物局に勤めて居りました。
十八等官でしたから役所のなかでも、ずうっと下の方でしたし
あのイーハトーヴォのすきとおった風、夏でも底に冷たさをもつ青いそら、うつくしい森で飾られたモリーオ市、郊外のぎらぎらひかる草の波。
またそのなかでいっしょになったたくさんのひとたち、ファゼーロとロザーロ、羊飼のミーロや、顔の赤いこどもたち、地主のテーモ、山猫博士のボーガント・デストゥパーゴなど、いまこの暗い巨きな石の建物のなかで考えていると、みんなむかし風のなつかしい青い幻燈のように思われます。 では、わたくしはいつかの小さなみだしをつけながら、しずかにあの年のイーハトーヴォの五月から十月までを書きつけましょう。
一、遁げた山羊
五月のしまいの日曜でした。
わたくしは
「あんまりいい天気なもんだから大将ひとりででかけたな。」
わたくしは半分わらうように半分つぶやくようにしながら、向うの信号所からいつも放して遊ばせる輪道の内側の野原、ポプラの中から顔をだしている市はずれの白い教会の塔までぐるっと見まわしました。 けれどもどこにもあの白い頭もせなかも見えていませんでした。 うまやを一まわりしてみましたがやっぱりどこにも居ませんでした。
「いったい山羊は馬だの犬のように前居たところや来る道をおぼえていて、そこへ戻っているということがあるのかなあ。」
わたくしはひとりで考えました。 さあ、そう思うと早くそれを知りたくてたまらなくなりました。 けれども役所のなかとちがって競馬場には物知りの年とった書記も居なければ、そんなことを書いた辞書もそこらにありませんでしたから、わたくしは何ということなしに輪道を半分通って、それからこの前山羊が村の人に連れられて来た路をそのまま野原の方へあるきだしました。
そこらの畑では
そしていつかわたくしは町から西南の方の村へ行くみちへはいってしまっていました。
向うからは黒い着物に白いきれをかぶった百姓のおかみさんたちがたくさん歩いてくるようすなのです。 わたくしは気がついて、もう戻ってしまおうと思いました。 全くの起きたままチョッキだけ着て顔もあらわず帽子もかむらず山羊が居るかどうかもわからない広い畑のまんなかへ飛びだして来ているのです。 けれどもそのときはもう戻るのも工合が悪くなってしまっていました。 向うの人たちがじき顔の見えるところまで来ているのです。 わたくしは思い切って勢よく歩いて行っておじぎをして尋ねました。
「こっちへ山羊が迷って来ていませんでしたでしょうか。」
女の人たちはみんな立ちどまってしまいました。 教会へ行くところらしくバイブルも持っていたのです。
「こっちへ山羊が一疋迷って来たんですが、ご覧になりませんでしたでしょうか。」
みんなは顔を見合せました。 それから一人が答えました。