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水仙月の四日

著者:宮沢賢治

すいせんづきのよっか - みやざわ けんじ

文字数:5,644 底本発行年:1986
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著者:宮沢 賢治
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序章-章なし

雪婆(ゆきば)んごは、遠くへ出かけて居(を)りました。

猫(ねこ)のやうな耳をもち、ぼやぼやした灰いろの髪をした雪婆んごは、西の山脈の、ちぢれたぎらぎらの雲を越えて、遠くへでかけてゐたのです。

ひとりの子供が、赤い毛布(けつと)にくるまつて、しきりにカリメラのことを考へながら、大きな象の頭のかたちをした、雪丘の裾(すそ)を、せかせかうちの方へ急いで居りました。

(そら、新聞紙(しんぶんがみ)を尖(とが)つたかたちに巻いて、ふうふうと吹くと、炭からまるで青火が燃える。 ぼくはカリメラ鍋(なべ)に赤砂糖を一つまみ入れて、それからザラメを一つまみ入れる。 水をたして、あとはくつくつくつと煮るんだ。)ほんたうにもう一生けん命、こどもはカリメラのことを考へながらうちの方へ急いでゐました。

お日さまは、空のずうつと遠くのすきとほつたつめたいとこで、まばゆい白い火を、どしどしお焚(た)きなさいます。

その光はまつすぐに四方に発射し、下の方に落ちて来ては、ひつそりした台地の雪を、いちめんまばゆい雪花石膏(せつくわせきかう)の板にしました。

二疋(ひき)の雪狼(ゆきおいの)が、べろべろまつ赤な舌を吐きながら、象の頭のかたちをした、雪丘の上の方をあるいてゐました。 こいつらは人の眼には見えないのですが、一ぺん風に狂ひ出すと、台地のはづれの雪の上から、すぐぼやぼやの雪雲をふんで、空をかけまはりもするのです。

「しゆ、あんまり行つていけないつたら。」 雪狼のうしろから白熊(しろくま)の毛皮の三角帽子をあみだにかぶり、顔を苹果(りんご)のやうにかがやかしながら、雪童子(ゆきわらす)がゆつくり歩いて来ました。

雪狼どもは頭をふつてくるりとまはり、またまつ赤な舌を吐いて走りました。

「カシオピイア、

もう水仙(すゐせん)が咲き出すぞ

おまへのガラスの水車(みづぐるま)

きつきとまはせ。」

雪童子はまつ青なそらを見あげて見えない星に叫びました。 その空からは青びかりが波になつてわくわくと降り、雪狼どもは、ずうつと遠くで焔(ほのほ)のやうに赤い舌をべろべろ吐いてゐます。

「しゆ、戻れつたら、しゆ、」雪童子がはねあがるやうにして叱(しか)りましたら、いままで雪にくつきり落ちてゐた雪童子の影法師は、ぎらつと白いひかりに変り、狼どもは耳をたてて一さんに戻つてきました。

「アンドロメダ、

あぜみの花がもう咲くぞ、

おまへのラムプのアルコホル、

しゆうしゆと噴かせ。」

雪童子(ゆきわらす)は、風のやうに象の形の丘にのぼりました。 雪には風で介殻(かひがら)のやうなかたがつき、その頂には、一本の大きな栗(くり)の木が、美しい黄金(きん)いろのやどりぎのまりをつけて立つてゐました。

「とつといで。」 雪童子が丘をのぼりながら云(い)ひますと、一疋の雪狼(ゆきおいの)は、主人の小さな歯のちらつと光るのを見るや、ごむまりのやうにいきなり木にはねあがつて、その赤い実のついた小さな枝を、がちがち噛(か)じりました。 木の上でしきりに頸(くび)をまげてゐる雪狼の影法師は、大きく長く丘の雪に落ち、枝はたうとう青い皮と、黄いろの心(しん)とをちぎられて、いまのぼつてきたばかりの雪童子の足もとに落ちました。

「ありがたう。」 雪童子はそれをひろひながら、白と藍(あゐ)いろの野はらにたつてゐる、美しい町をはるかにながめました。 川がきらきら光つて、停車場からは白い煙もあがつてゐました。 雪童子は眼を丘のふもとに落しました。 その山裾(やますそ)の細い雪みちを、さつきの赤(あか)毛布(けつと)を着た子供が、一しんに山のうちの方へ急いでゐるのでした。

「あいつは昨日、木炭(すみ)のそりを押して行つた。 砂糖を買つて、じぶんだけ帰つてきたな。」 雪童子はわらひながら、手にもつてゐたやどりぎの枝を、ぷいつとこどもになげつけました。 枝はまるで弾丸(たま)のやうにまつすぐに飛んで行つて、たしかに子供の目の前に落ちました。

子供はびつくりして枝をひろつて、きよろきよろあちこちを見まはしてゐます。

序章-章なし
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水仙月の四日 - 情報

水仙月の四日

すいせんづきのよっか

文字数 5,644文字

著者リスト:
著者:宮沢 賢治

底本 宮沢賢治全集8

青空情報


底本:「宮沢賢治全集 8」ちくま文庫、筑摩書房
   1986(昭和61)年1月28日第1刷発行
入力:あきら
校正:伊藤時也
2003年4月28日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:水仙月の四日

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