純情小曲集 02 純情小曲集
著者:萩原朔太郎
じゅんじょうしょうきょくしゅう - はぎわら さくたろう
文字数:8,334 底本発行年:1925
        
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北原白秋氏に捧ぐ
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珍らしいものをかくしてゐる人への序文
萩原の今ゐる二階家から本郷動坂あたりの町家の屋根が見え、木立を透いて赤い色の三角形の支那風な旗が、いつも行くごとに閃めいて見えた。 このごろ木立の若葉が茂り合つたので風でも吹いて樹や莖が動かないとその赤色の旗が見られなかつた。
「惜しいことをしたね。」
しかし萩原はわたしのこの言葉にも例によつて無關心な顏貌をした。
或る朝、萩原は一帖の原稿紙をわたしに見せてくれた。 いまから十三四年前に始めてわたしが萩原の詩をよんだときの、その原稿の綴りであつた。 わたしは讀み終へてから何か言はうとしたが、それよりもわたしが受けた感銘はかなりに纖く鋭どかつたので、もう一度默つて原稿を繰りかへして讀んで見た。 そしてやはり頭につうんと來る感銘が深かつた。 いいフイルムを見たときにつうんとくる涙つぽい種類の快よさであつた。 わたしはすぐ自分のむかしの詩を思ひ返して、萩原もいい詩をかいて永い間世に出さなかつたものだと、無關心で、無頓着げなかれの性分の中に或る奧床しさをかんじた。 かれは何か絶えずもの珍らしいものを祕かにしまつてゐるやうな人がらである。
五月二十一日朝犀星生
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自序
やさしい純情にみちた過去の日を記念するために、このうすい葉つぱのやうな詩集を出すことにした。 「愛憐詩篇」の中の詩は、すべて私の少年時代の作であつて、始めて詩といふものをかいたころのなつかしい思ひ出である。 この頃の詩風はふしぎに典雅であつて、何となくあやめ香水の匂ひがする。 いまの詩壇からみればよほど古風のものであらうが、その頃としては相當に珍らしいすたいるでもあつた。
ともあれこの詩集を世に出すのは、改めてその鑑賞的評價を問ふためではなく、まつたく私自身への過去を追憶したいためである。 あるひとの來歴に對するのすたるぢやとも言へるだらう。
「郷土望景詩」十篇は、比較的に最近の作である。 私のながく住んでゐる田舍の小都邑と、その附近の風物を詠じ、あはせて私自身の主觀をうたひこんだ。 この詩風に文語體を試みたのは、いささか心に激するところがあつて、語調の烈しきを欲したのと、一にはそれが、詠嘆的の純情詩であつたからである。 ともあれこの詩篇の内容とスタイルとは、私にしては分離できない事情である。
「愛憐詩篇」と「郷土望景詩」とは、創作の年代が甚だしく隔たるために、詩の情操が根本的にちがつてゐる。 (したがつてまたその音律もちがつてゐる。)しかしながら共に純情風のものであり、詠嘆的文語調の詩である故に、あはせて一册の本にまとめた。 私の一般的な詩風からみれば、むしろ變り種の詩集であらう。
私の藝術を、とにかくにも理解してゐる人は可成多い。 私の人物と生活とを、常に知つてゐる人も多少は居る。 けれども藝術と生活とを、兩方から見てゐる知己は殆んど居ない。 ただ二人の友人だけが、詩と生活の兩方から、私に親しく往來してゐた。 一人は東京の詩友室生犀星君であり、一人は郷土の詩人萩原恭次郎君である。
この詩集は、詩集である以外に、私の過去の生活記念でもある故に、特に書物の序と跋とを、二人の知友に頼んだのである。
西暦一九二四年春
利根川に近き田舍の小都市にて著者
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純情小曲集 - 情報
純情小曲集 02 純情小曲集
じゅんじょうしょうきょくしゅう 02 じゅんじょうしょうきょくしゅう
文字数 8,334文字
底本 萩原朔太郎全集 第二卷
親本 純情小曲集
青空情報
底本:「萩原朔太郎全集 第二卷」筑摩書房
1976(昭和51)年3月25日初版発行
底本の親本:「純情小曲集」新潮社
1925(大正14)年8月12日発行
初出:夜汽車「朱欒 第三卷第五號」
1913(大正2)年5月号
こころ「朱欒 第三卷第五號」
1913(大正2)年5月号
女よ「朱欒 第三卷第五號」
1913(大正2)年5月号
櫻「朱欒 第三卷第五號」
1913(大正2)年5月号
旅上「朱欒 第三卷第五號」
1913(大正2)年5月号
金魚「朱欒 第三卷第五號」
1913(大正2)年5月号
靜物「創作 第四卷第七號」
1914(大正3)年7月号
涙「創作 第三卷第一號」
1913(大正2)年8月号
蟻地獄「創作 第三卷第一號」
1913(大正2)年8月号
利根川のほとり「創作 第三卷第一號」
1913(大正2)年8月号
濱邊「創作 第三卷第四號」
1913(大正2)年11月号
緑蔭「創作 第三卷第二號」
1913(大正2)年9月号
再會「アララギ 第七卷第九號」
1914(大正3)年10月号
地上「創作 第四卷第六號」
1914(大正3)年6月号
花鳥「創作 第四卷第六號」
1914(大正3)年6月号
初夏の印象「創作 第四卷第六號」
1914(大正3)年6月号
洋銀の皿「創作 第四卷第五號」
1914(大正3)年5月号
月光と海月「詩歌 第四卷第五號」
1914(大正3)年5月号
中學の校庭「薔薇」
1923(大正12)年1月号
才川町「現代詩人選集」
1921(大正10)年2月刊
小出新道「日本詩人 第五卷第六號」
1925(大正14)年6月号
新前橋驛「日本詩人 第五卷第六號」
1925(大正14)年6月号
大渡橋「日本詩人 第五卷第六號」
1925(大正14)年6月号
公園の椅子「上州新報」
1924(大正13)年1月1日
郷土望景詩の後に「日本詩人 第五卷第六號」
1925(大正14)年6月号
※「夜汽車」の初出時の表題は「みちゆき」です。
※「こころ」の初出時の表題は「こゝろ」です。
※「櫻」の初出時の表題は「○」です。
※「旅上」の初出時の表題は「○」です。
※「金魚」の初出時の表題は「○」です。
※「靜物」の初出時の表題は「室内」です。
※「蟻地獄」の初出時の表題は「ありぢごく」です。
※「利根川のほとり」の初出時の表題は「きのふけふ」です。
※「初夏の印象」の初出時の表題は「初夏景物」です。
※「洋銀の皿」の初出時の表題は「春日」です。
※「月光と海月」の初出時の表題は「月光と祈祷」です。
※「才川町」の初出時の表題は「十月月下旬[#「十月月下旬」はママ]」です。
入力:kompass
校正:門田裕志、小林繁雄
2005年6月14日作成
2018年12月14日修正
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青空文庫:純情小曲集