• URLをコピーしました!

うた時計

著者:新美南吉

うたどけい - にいみ なんきち

文字数:4,445 底本発行年:1968
著者リスト:
著者新美 南吉
0
0
0


序章-章なし

二月のある日、野中のさびしい道を、十二、三の少年と、皮のかばんをかかえた三十四、五の男の人とが、同じ方へ歩いていった。

風がすこしもないあたたかい日で、もうしもがとけて道はぬれていた。

かれ草にかげをおとして遊んでいるからすが、ふたりのすがたにおどろいて、土手をむこうにこえるとき、黒い背中せなかが、きらりと日の光を反射するのであった。

ぼう、ひとりでどこへいくんだ」

男の人が少年に話しかけた。

少年はポケットにつっこんでいた手を、そのまま二、三ど、前後にゆすり、人なつこいえみをうかべた。

「町だよ」

これはへんにはずかしがったり、いやに人をおそれたりしない、すなおな子どもだなと、男の人は思ったようだった。

そこでふたりは、話しはじめた。

「坊、なんて名だ」

れんていうんだ」

れん? れんぺいか」

「ううん」

と、少年は首を横にふった。

「じゃ、れん一か」

「そうじゃないよ、おじさん。 ただね、れんていうのさ」

「ふうん。 どういう字書くんだ。 連絡れんらくの連か」

「ちがう。 点をうって、一を書いて、ノを書いて、ふたつ点をうって……」

「むずかしいな。 おじさんは、あまりむずかしい字は知らんよ」

少年はそこで、地べたに木ぎれで「廉」と大きく書いてみせた。

「ふうん、むずかしい字だな、やっぱり」

ふたりはまた歩きだした。

「これね、おじさん、清廉潔白せいれんけっぱくの廉て字だよ」

「なんだい、そのセイレンケッパクてのは」

「清廉潔白というのは、なんにも悪いことをしないので、神様の前へ出ても、巡査につかまっても、平気だということだよ」

「ふうん、巡査につかまってもな」

そういって、男の人はにやりとわらった。

「おじさんのオーバーのポケット、大きいね」

「うん、そりゃ、おとなのオーバーは大きいから、ポケットも大きいさ」

「あったかい?」

「ポケットの中かい? そりゃあ、あったかいよ。 ぽこぽこだよ。 こたつがはいってるようなんだ」

「ぼく、手を入れてもいい」

序章-章なし
━ おわり ━  小説TOPに戻る
0
0
0
読み込み中...
ブックマーク系
サイトメニュー
シェア・ブックマーク
シェア

うた時計 - 情報

うた時計

うたどけい

文字数 4,445文字

著者リスト:
著者新美 南吉

底本 牛をつないだ椿の木

青空情報


底本:「牛をつないだ椿の木」角川文庫、角川書店
   1968(昭和43)年2月20日初版発行
   1974(昭和49)年1月30日12版発行
入力:もりみつじゅんじ
校正:門田裕志、小林繁雄
2005年6月5日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:うた時計

小説内ジャンプ
コントロール
設定
しおり
おすすめ書式
ページ送り
改行
文字サイズ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!