柿の種
著者:寺田寅彦
かきのたね - てらだ とらひこ
文字数:67,935 底本発行年:1961
        
自序
大正九年ごろから、友人
今度、もと岩波書店でおなじみの
元来が、ほとんど同人雑誌のような俳句雑誌のために、きわめて気楽に気ままに書き流したものである。
原稿の締め切りに迫った催促のはがきを受け取ってから、全く不用意に机の前へすわって、それから大急ぎで何か書く種を捜すというような場合も多かった。
雑誌の読者に読ませるというよりは、東洋城や豊隆に読ませるつもりで書いたものに過ぎない。
従って、身辺の
これらの短文の中のあるものは、その後に自分の書いた「
中には、ほんの二、三ではあるが、「無題」「曙町より」とは別の欄に載せた短文や書信がある。 これも実質的には全く同じものであるから、他のものといっしょにして年月の順に挿入することにした。
大正十三年ごろの「無題」に、ページの空白を埋めるために自画のカットを入れたのがある。 その中の数葉を選んでこの集の景物とする。 これも大正のジャーナリズムの世界の片すみに起こった、ささやかな一つの現象の記録というほかには意味はない。
この書の読者への著者の願いは、なるべく心の
[#改丁]
[#ページの左右中央]
短章 その一
[#改ページ]
[#ページの左右中央]
棄てた一粒の柿の種
生えるも生えぬも
甘いも渋いも
畑の土のよしあし
[#改ページ]
*
日常生活の世界と詩歌の世界の境界は、ただ一枚のガラス板で仕切られている。
このガラスは、初めから曇っていることもある。
生活の世界のちりによごれて曇っていることもある。
二つの世界の間の通路としては、通例、ただ小さな狭い穴が一つ明いているだけである。
しかし、始終ふたつの世界に出入していると、この穴はだんだん大きくなる。
しかしまた、この穴は、しばらく出入しないでいると、自然にだんだん狭くなって来る。
自序
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柿の種 - 情報
青空情報
底本:「柿の種」岩波文庫、岩波書店
1996(平成8)年4月16日第1刷発行
1997(平成9)年10月15日第9刷発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 第十一巻」岩波書店
1961(昭和36)8月7日第1刷発行
※無題の短章の冒頭に添えられている「花のようなマーク」は、「*」で代えた。
※「*」には、見出し注記しなかった。
※「十四、五」「二、三」など、連続する数字をつなぐ際に底本が用いている半角の読点は、全角に変えた。
※底本の編集にあたっては、親本に加えて、「柿の種」小山書店、1946(昭和21)年、第12刷、「栃の実」小山書店、1936(昭和11)年も参照されている。
※「自序」から「曙町より(十一)」までは「柿の種」に、その他は「栃の実」に集録された作品である。
入力:山口美佐
校正:田中敬三
2003年7月2日作成
2010年11月8日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
青空文庫:柿の種