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猿ヶ島

著者:太宰治

さるがしま - だざい おさむ

文字数:5,722 底本発行年:1975
著者リスト:
著者太宰 治
底本: 太宰治全集1
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序章-章なし

はるばると海を越えて、この島に着いたときの私の憂愁を思い給え。 夜なのか昼なのか、島は深い霧に包まれて眠っていた。 私は眼をしばたたいて、島の全貌を見すかそうと努めたのである。 裸の大きい岩が急な勾配こうばいを作っていくつもいくつも積みかさなり、ところどころに洞窟どうくつのくろい口のあいているのがおぼろに見えた。 これは山であろうか。 一本の青草もない。

私は岩山の岸に沿うてよろよろと歩いた。 あやしい呼び声がときどき聞える。 さほど遠くからでもない。 おおかみであろうか。 熊であろうか。 しかし、ながい旅路の疲れから、私はかえって大胆になっていた。 私はこういう咆哮ほうこうをさえ気にかけず島をめぐり歩いたのである。

私は島の単調さに驚いた。 歩いても歩いても、こつこつの固い道である。 右手は岩山であって、すぐ左手には粗い胡麻石ごまいしが殆ど垂直にそそり立っているのだ。 そのあいだに、いま私の歩いている此の道が、六尺ほどの幅で、坦々とつづいている。

道のつきるところまで歩こう。 言うすべもない混乱と疲労から、なにものも恐れぬ勇気を得ていたのである。

ものの半里も歩いたろうか。 私は、再びもとの出発点に立っていた。 私は道が岩山をぐるっとめぐってついてあるのを了解した。 おそらく、私はおなじ道を二度ほどめぐったにちがいない。 私は島が思いのほかに小さいのを知った。

霧は次第にうすらぎ、山のいただきが私のすぐ額のうえにのしかかって見えだした。 みねが三つ。 まんなかの円い峯は、高さが三四丈もあるであろうか。 様様の色をしたひらたい岩で畳まれ、その片側の傾斜がゆるく流れて隣の小さくとがった峯へ伸び、もう一方の側の傾斜は、けわしい断崖をなしてその峯の中腹あたりにまで滑り落ち、それからまたふくらみがむくむく起って、ひろい丘になっている。 断崖と丘のはざまから、細い滝がひとすじ流れ出ていた。 滝の附近の岩は勿論もちろん、島全体が濃い霧のためにあおぐろく濡れているのである。 木が二本見える。 滝口に、一本。 かしに似たのが。 丘の上にも、一本。 えたいの知れぬふとい木が。 そうして、いずれも枯れている。

私はこの荒涼の風景を眺めて、しばらくぼんやりしていた。 霧はいよいようすらいで、日の光がまんなかの峯にさし始めた。 霧にぬれた峯は、かがやいた。

序章-章なし
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猿ヶ島 - 情報

猿ヶ島

さるがしま

文字数 5,722文字

著者リスト:
著者太宰 治

底本 太宰治全集1

親本 筑摩全集類聚版太宰治全集

青空情報


底本:「太宰治全集1」ちくま文庫、筑摩書房
   1988(昭和63)年8月30日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
   1975(昭和50)年6月〜1976(昭和51)年6月刊行
入力:柴田卓治
校正:すずきともひろ
2000年12月15日公開
2005年10月20日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:猿ヶ島

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