• URLをコピーしました!

走れメロス

著者:太宰治

はしれメロス - だざい おさむ

文字数:9,814 底本発行年:1975
著者リスト:
著者太宰 治
底本: 太宰治全集3
1
0
0


序章-章なし

メロスは激怒した。 必ず、かの邪智暴虐じゃちぼうぎゃくの王を除かなければならぬと決意した。 メロスには政治がわからぬ。 メロスは、村の牧人である。 笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。 けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。 きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれたのシラクスの市にやって来た。 メロスには父も、母も無い。 女房も無い。 十六の、内気な妹と二人暮しだ。 この妹は、村の或る律気な一牧人を、近々、花婿はなむことして迎える事になっていた。 結婚式も間近かなのである。 メロスは、それゆえ、花嫁の衣裳やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。 先ず、その品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いた。 メロスには竹馬の友があった。 セリヌンティウスである。 今は此のシラクスの市で、石工をしている。 その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。 久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。 歩いているうちにメロスは、まちの様子を怪しく思った。 ひっそりしている。 もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。 のんきなメロスも、だんだん不安になって来た。 路で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、二年まえに此の市に来たときは、夜でも皆が歌をうたって、まちは賑やかであったはずだが、と質問した。 若い衆は、首を振って答えなかった。 しばらく歩いて老爺ろうやに逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。 老爺は答えなかった。 メロスは両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。 老爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。

「王様は、人を殺します。」

「なぜ殺すのだ。」

「悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな、悪心を持っては居りませぬ。」

「たくさんの人を殺したのか。」

「はい、はじめは王様の妹婿さまを。 それから、御自身のお世嗣よつぎを。 それから、妹さまを。 それから、妹さまの御子さまを。 それから、皇后さまを。 それから、賢臣のアレキス様を。」

序章-章なし
━ おわり ━  小説TOPに戻る
1
0
0
読み込み中...
ブックマーク系
サイトメニュー
シェア・ブックマーク
シェア

走れメロス - 情報

走れメロス

はしれメロス

文字数 9,814文字

著者リスト:
著者太宰 治

底本 太宰治全集3

親本 筑摩全集類聚版太宰治全集

青空情報


底本:「太宰治全集3」ちくま文庫、筑摩書房
   1988(昭和63)年10月25日初版発行
   1998(平成10)年6月15日第2刷
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
   1975(昭和50)年6月〜1976(昭和51)年6月
入力:金川一之
校正:高橋美奈子
2000年12月4日公開
2011年1月17日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:走れメロス

小説内ジャンプ
コントロール
設定
しおり
おすすめ書式
ページ送り
改行
文字サイズ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!