魚服記
著者:太宰治
ぎょふくき - だざい おさむ
文字数:5,119 底本発行年:1947
一
本州の北端の山脈は、ぼんじゅ山脈というのである。
せいぜい三四百
小山は
馬禿山はその山の陰の景色がいいから、いっそう此の地方で名高いのである。
ことしの夏の終りごろ、此の滝で死んだ人がある。
故意に飛び込んだのではなくて、まったくの過失からであった。
植物の採集をしにこの滝へ来た色の白い都の学生である。
このあたりには珍らしい
滝壺は三方が高い絶壁で、西側の一面だけが狭くひらいて、そこから谷川が岩を
学生はこの絶壁によじのぼった。
ひるすぎのことであったが、初秋の日ざしはまだ絶壁の頂上に明るく残っていた。
学生が、絶壁のなかばに到達したとき、足だまりにしていた頭ほどの石ころがもろくも崩れた。
崖から
滝の附近に居合せた四五人がそれを目撃した。 しかし、淵のそばの茶店にいる十五になる女の子が一番はっきりとそれを見た。
いちど、滝壺ふかく沈められて、それから、すらっと上半身が水面から躍りあがった。 眼をつぶって口を小さくあけていた。 青色のシャツのところどころが破れて、採集かばんはまだ肩にかかっていた。
それきりまたぐっと水底へ引きずりこまれたのである。
二
春の土用から秋の土用にかけて天気のいい日だと、馬禿山から白い煙の幾筋も昇っているのが、ずいぶん遠くからでも眺められる。 この時分の山の木には精気が多くて炭をこさえるのに適しているから、炭を焼く人達も忙しいのである。
馬禿山には炭焼小屋が十いくつある。