朝
著者:太宰治
あさ - だざい おさむ
文字数:2,981 底本発行年:1972
私は遊ぶ事が何よりも好きなので、家で仕事をしていながらも、友あり遠方より来るのをいつもひそかに心待ちにしている状態で、玄関が、がらっとあくと
「あ、これは、お仕事中ですね。」
「いや、なに。」
そうしてその客と一緒に遊びに出る。
けれども、それではいつまでも何も仕事が出来ないので、某所に秘密の仕事部屋を設ける事にしたのである。
それはどこにあるのか、家の者にも知らせていない。
毎朝、九時
仕事部屋。
しかし、その部屋は、女のひとの部屋なのである。
その若い女のひとが、朝早く日本橋の
愛人とか何とか、そんなものでは無い。
私がそのひとのお母さんを知っていて、そうしてそのお母さんは、或る事情で、その娘さんとわかれわかれになって、いまは東北のほうで暮しているのである。
そうして時たま私に手紙を寄こして、その娘の縁談に就いて、私の意見を求めたりなどして、私もその候補者の青年と
しかし、いまではそのお母さんよりも、娘さんのほうが、よけいに私を信頼しているように、どうも、そうらしく私には思われて来た。
「キクちゃん。
こないだ、あなたの未来の
「そう? どうでした? すこうし、キザね。 そうでしょう?」
「まあ、でも、あんなところさ。
そりゃもう、
「そりゃ、そうね。」
娘さんは、その青年とあっさり結婚する気でいるようであった。
先夜、私は大酒を飲んだ。
いや、大酒を飲むのは、毎夜の事であって、なにも珍らしい事ではないけれども、その日、仕事場からの帰りに、駅のところで久し振りの友人と逢い、さっそく私のなじみのおでんやに案内して大いに飲み、そろそろ酒が苦痛になりかけて来た時に、雑誌社の
「とめてくれ。 うちまで歩いて行けそうもないんだ。 このままで、寝ちまうからね。 たのむよ。」
私は、こたつに足をつっこみ、
夜中に、ふと眼がさめた。
まっくらである。
数秒間、私は自分のうちで寝ているような気がしていた。
足を少しうごかして、自分が足袋をはいているままで寝ているのに