神州纐纈城
著者:国枝史郎
しんしゅうこうけつじょう - くにえだ しろう
文字数:185,589 底本発行年:1976
第一回
一
土屋庄三郎は邸を出てブラブラ
「花を見るにはどっちがよかろう、
鍛冶小路の辻まで来ると庄三郎は足を止めたが、「いっそ神明の
こう呟くと南へ折れ、曽根の邸の裾を廻わった。
しかし、実際はどこへ行こうとも、またどこへ行かずとも、花はいくらでも見られるのであった。
月に向かって夢見るような大輪の白い
「花を踏んで等しく惜しむ少年の春。
小声で朗詠を吟じながら、境内まで来た庄三郎は、静かに社殿の前へ行き、合掌して
「お館の隆盛、身の安泰、武運長久、文運長久」
こう祈って顔を上げて見ると、社殿の縁先
おおかた参詣の人でもあろう。 ――こう思って気にも止めず、庄三郎は足を返した。
と、うしろから呼ぶものがある。
「もし、お若いお侍様、どうぞちょっとお待ちくださいまし」
――それは
で、庄三郎は振り返った。
「老人、何か用事かな?」
庄三郎は訊いて見た。
「
おずおずとして老人は云う。
「おお、お前は布売りか。 いかさま紅い布を持っておるの」
「よい布でございます。 どうぞお買いくださいまし」
「よい布か悪い布か、そういうことは俺には解らぬ」庄三郎は微笑したが、「俺はこれでも男だからな」
「お案じなさるには及びませぬ。 布は上等でございます」
老人は
「そうか、それではそういうことにしよう、よろしい布は上等だ。 しかし、俺には用はないよ」
云いすてて庄三郎は歩き出した。
第一回
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神州纐纈城 - 情報
青空情報
底本:「神州纐纈城」大衆文学館、講談社
1995(平成7)年3月17日第1刷発行
1995(平成7)年4月20日第2刷発行
底本の親本:「国枝史郎伝奇文庫(五)」講談社
1976(昭和51)年3月12日第1刷発行
「国枝史郎伝奇文庫(六)」講談社
1976(昭和51)年3月12日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「朦気」と「濛気」、「詈」と「罵」の混在は底本通りにしました。
※底本では第十七回の「二」の「「聖徳太子様、淡海公、弘法大師様の作られたような…」の行から、「三」の「「葵(あおい)の上、道成寺、そういうものに使うのです」」までが脱落しています。底本の親本の講談社版「国枝史郎伝奇文庫(五)」にあたり、補いました。
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:六郷梧三郎
2010年10月16日作成
2012年1月26日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
青空文庫:神州纐纈城