• URLをコピーしました!

羅生門

著者:芥川龍之介

らしょうもん - あくたがわ りゅうのすけ

文字数:5,684 底本発行年:1971
著者リスト:
著者芥川 竜之介
2
1
0


序章-章なし

ある日の暮方の事である。 一人の下人げにんが、羅生門らしょうもんの下で雨やみを待っていた。

広い門の下には、この男のほかに誰もいない。 ただ、所々丹塗にぬりげた、大きな円柱まるばしらに、蟋蟀きりぎりすが一匹とまっている。 羅生門が、朱雀大路すざくおおじにある以上は、この男のほかにも、雨やみをする市女笠いちめがさ揉烏帽子もみえぼしが、もう二三人はありそうなものである。 それが、この男のほかには誰もいない。

何故かと云うと、この二三年、京都には、地震とか辻風つじかぜとか火事とか饑饉とか云うわざわいがつづいて起った。 そこで洛中らくちゅうのさびれ方は一通りではない。 旧記によると、仏像や仏具を打砕いて、そのがついたり、金銀のはくがついたりした木を、路ばたにつみ重ねて、たきぎしろに売っていたと云う事である。 洛中がその始末であるから、羅生門の修理などは、元より誰も捨てて顧る者がなかった。 するとその荒れ果てたのをよい事にして、狐狸こりむ。 盗人ぬすびとが棲む。 とうとうしまいには、引取り手のない死人を、この門へ持って来て、棄てて行くと云う習慣さえ出来た。 そこで、日の目が見えなくなると、誰でも気味を悪るがって、この門の近所へは足ぶみをしない事になってしまったのである。

その代りまたからすがどこからか、たくさん集って来た。 昼間見ると、その鴉が何羽となく輪を描いて、高い鴟尾しびのまわりを啼きながら、飛びまわっている。 ことに門の上の空が、夕焼けであかくなる時には、それが胡麻ごまをまいたようにはっきり見えた。 鴉は、勿論、門の上にある死人の肉を、ついばみに来るのである。 ――もっとも今日は、刻限こくげんが遅いせいか、一羽も見えない。 ただ、所々、崩れかかった、そうしてその崩れ目に長い草のはえた石段の上に、鴉のふんが、点々と白くこびりついているのが見える。 下人は七段ある石段の一番上の段に、洗いざらした紺のあおの尻を据えて、右の頬に出来た、大きな面皰にきびを気にしながら、ぼんやり、雨のふるのを眺めていた。

作者はさっき、「下人が雨やみを待っていた」と書いた。 しかし、下人は雨がやんでも、格別どうしようと云う当てはない。 ふだんなら、勿論、主人の家へ帰る可き筈である。 所がその主人からは、四五日前に暇を出された。 前にも書いたように、当時京都の町は一通りならず衰微すいびしていた。 今この下人が、永年、使われていた主人から、暇を出されたのも、実はこの衰微の小さな余波にほかならない。 だから「下人が雨やみを待っていた」と云うよりも「雨にふりこめられた下人が、行き所がなくて、途方にくれていた」と云う方が、適当である。 その上、今日の空模様も少からず、この平安朝の下人の Sentimentalisme に影響した。 さるこくさがりからふり出した雨は、いまだに上るけしきがない。 そこで、下人は、何をおいても差当り明日あすの暮しをどうにかしようとして――云わばどうにもならない事を、どうにかしようとして、とりとめもない考えをたどりながら、さっきから朱雀大路にふる雨の音を、聞くともなく聞いていたのである。

雨は、羅生門をつつんで、遠くから、ざあっと云う音をあつめて来る。 夕闇は次第に空を低くして、見上げると、門の屋根が、斜につき出したいらかの先に、重たくうす暗い雲を支えている。

どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいるいとまはない。 選んでいれば、築土ついじの下か、道ばたの土の上で、饑死うえじにをするばかりである。 そうして、この門の上へ持って来て、犬のように棄てられてしまうばかりである。 選ばないとすれば――下人の考えは、何度も同じ道を低徊ていかいした揚句あげくに、やっとこの局所へ逢着ほうちゃくした。 しかしこの「すれば」は、いつまでたっても、結局「すれば」であった。 下人は、手段を選ばないという事を肯定しながらも、この「すれば」のかたをつけるために、当然、その後に来る可き「盗人ぬすびとになるよりほかに仕方がない」と云う事を、積極的に肯定するだけの、勇気が出ずにいたのである。

序章-章なし
━ おわり ━  小説TOPに戻る
2
1
0
読み込み中...
ブックマーク系
サイトメニュー
シェア・ブックマーク
シェア

羅生門 - 情報

羅生門

らしょうもん

文字数 5,684文字

著者リスト:

底本 芥川龍之介全集1

親本 筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第一巻

青空情報


底本:「芥川龍之介全集1」ちくま文庫、筑摩書房
   1986(昭和61)年9月24日第1刷発行
   1997(平成9)年4月15日第14刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第一巻」筑摩書房
   1971(昭和46)年3月5日初版第1刷発行
初出:「帝国文学」
   1915(大正4)年11月号
※底本の編者による脚注は省略しました。
入力:平山誠、野口英司
校正:もりみつじゅんじ
1997年10月29日公開
2022年7月16日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:羅生門

小説内ジャンプ
コントロール
設定
しおり
おすすめ書式
ページ送り
改行
文字サイズ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!