「ケルトの薄明」より
著者:ウィリアム・バトラー・イエーツ William Butler Yeats
「ケルトのはくめい」より
文字数:4,107 底本発行年:1995
宝石を食ふもの
平俗な名利の念を離れて、暫く人事の匆忙を忘れる時、自分は時として目ざめたるまゝの夢を見る事がある。
或は模糊たる、影の如き夢を見る。
或は歴々として、我足下の大地の如く、個体の面目を備へたる夢を見る。
其模糊たると、歴々たるとを問はず、夢は常に其赴くが儘に赴いて、我意力は之に対して殆ど其一劃を変ずるの権能すらも有してゐない。
夢は夢自らの意志を持つて居る。
そして彼方此方と
一日、自分は隠々として、胸壁をめぐらした無底の大坑を見た。 坑は漆々然として暗い。 胸壁の上には無数の猿がゐて、掌に盛つた宝石を食つてゐる。 宝石は或は緑に、或は紅に輝く。 猿は飽く事なき饑を以て、ひたすらに食を貪るのである。
自分は、自分がケルト民族の地獄を見たのを知つた。
己自身の地獄である。
芸術の士の地獄である。
自分は又、
自分は又他の人々の地獄をも見た事がある。
其一つの中で、ピイタアと呼ばるゝ幽界の霊を見た。
顔は黒く唇は白い。
奇異なる二重の天秤の
自分は其外に又、ありとあらゆる形をした悪魔の群を見た。 魚のやうな形をしたのもゐる。 蛇のやうな形をしたのもゐる。 猿のやうな形をしたのもゐる。 犬のやうな形をしたのもゐる。 それが皆、自分の地獄にあつたやうな、暗い坑のまはりに坐つてゐる。 そして坑の底からさす天空の、月のやうな反射をぢつと眺めてゐるのである。
三人のオービユルンと悪しき精霊等
幽暗の王国には、無量の貴重な物がある。 地上に於けるよりも、更に多くの愛がある。 地上に於けるよりも、更に多くの舞踏がある。 そして地上に於けるよりも、更に多くの宝がある。 太初、大塊は恐らく人間の望を充たす為に造られたものであつた。 けれ共、今は老来して滅落の底に沈んでゐる。 我等が他界の宝を盗まうとしたにせよ、それが何の不思議であらう。
自分の友人の一人が或時、スリイヴ、リイグに近い村にゐた事がある。 或日其男がカシエル、ノアと呼ぶ砦の辺を散歩してゐると、一人の男が砦へ来て地を掘り始めた。
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「ケルトの薄明」より - 情報
青空情報
底本:「芥川龍之介全集 第一巻」岩波書店
1995(平成7)年11月8日発行
初出:「新思潮 第一巻第三号」
1914(大正3)年4月1日発行
※初出時の表題は、「「ケルトの薄明」より(イエーツ)」。署名は、柳川隆之介。
※原章題は、「宝石を食ふもの」が「The Eaters of Precious Stones」、「三人のオービユルンと悪しき精霊等」が「The Three O'Byrnes and the Evil Faeries」、「女王よ、矮人(わいじん)の女王よ、我来れり」が「Regina, Regina, Pigmeorum, Veni」。
入力:もりみつじゅんじ
校正:浅原庸子
2004年12月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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青空文庫:「ケルトの薄明」より