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如是我聞

著者:太宰治

にょぜがもん - だざい おさむ

文字数:22,721 底本発行年:1980
著者リスト:
著者太宰 治
底本: もの思う葦
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序章-章なし

他人を攻撃したって、つまらない。 攻撃すべきは、あの者たちの神だ。 敵の神をこそ撃つべきだ。 でも、撃つには先ず、敵の神を発見しなければならぬ。 ひとは、自分の真の神をよく隠す。

これは、仏人ヴァレリイのつぶやきらしいが、自分は、この十年間、腹が立っても、抑えに抑えていたことを、これから毎月、この雑誌(新潮)に、どんなに人からそのために、不愉快がられても、書いて行かなければならぬ、そのような、自分の意思によらぬ「時期」がいよいよ来たようなので、様々の縁故にもお許しをねがい、或いは義絶も思い設け、こんなことは大袈裟おおげさとか、或いは気障きざとか言われ、あの者たちに、顰蹙ひんしゅくせられるのは承知の上で、つまり、自分の抗議を書いてみるつもりなのである。

私は、最初にヴァレリイの呟きを持ち出したが、それは、毒を以って毒を制するという気持もない訳ではないのだ。 私のこれから撃つべき相手の者たちの大半は、たとえばパリイに二十年前に留学し、或いは母ひとり子ひとり、家計のために、いまはフランス文学大受け、孝行息子、かせぐ夫、それだけのことで、やたらと仏人の名前を書き連ねて以て、所謂いわゆる「文化人」の花形と、ご当人は、まさか、そう思ってもいないだろうが、世の馬鹿者が、それを昔の戦陣訓の作者みたいに迎えているらしい気配に、「便乗」している者たちである。 また、もう一つ、私のどうしても嫌いなのは、古いものを古いままに肯定している者たちである。 新らしい秩序というものも、ある筈である。 それが、整然と見えるまでには、多少の混乱があるかも知れない。 しかし、それは、金魚鉢に金魚を投入したときの、多少の混濁の如きものではないかと思われる。

それでは、私は今月は何を言うべきであろうか。 ダンテの地獄篇の初めに出てくる(名前はいま、たしかな事は忘れた)あのエルギリウスとか何とかいう老詩人の如く、余りに久しくもの言わざりしにより声しわがれ、急に、諸君の眠りを覚ます程の水際立った響きのことは書けないかも知れないが、次第に諸君の共感を得る筈だと確信して、こうして書いているのだ。 そうでもなければ、この紙不足の時代に、わざわざ書くてもないだろう、ではないか。

一群の「老大家」というものがある。 私は、その者たちの一人とも面接の機会を得たことがない。 私は、その者たちの自信の強さにあきれている。 彼らの、その確信は、どこから出ているのだろう。 所謂、彼らの神は何だろう。 私は、やっとこの頃それを知った。

家庭である。

家庭のエゴイズムである。

それが結局の祈りである。 私は、あの者たちに、あざむかれたと思っている。 ゲスな言い方をするけれども、妻子が可愛いだけじゃねえか。

私は、或る「老大家」の小説を読んでみた。 何のことはない、周囲のごひいきのお好みに応じた表情を、キッとなって構えて見せているだけであった。 軽薄も極まっているのであるが、馬鹿者は、それを「立派」と言い、「潔癖」と言い、ひどい者は、「貴族的」なぞと言ってあがめているようである。

世の中をあざむくとは、この者たちのことを言うのである。 軽薄ならば、軽薄でかまわないじゃないか。 何故、自分の本質のそんな軽薄を、他の質と置き換えて見せつけなければいけないのか。 軽薄を非難しているのではない。 私だって、この世の最も軽薄な男ではないかしらと考えている。 何故、それを、他の質とまぎらわせなければいけないのか、私にはどうしても、不可解なのだ。

所詮しょせんは、家庭生活の安楽だけが、最後の念願だからではあるまいか。 女房の意見に圧倒せられていながら、何かしら、女房にみとめてもらいたい気持、ああ、いやらしい、そんな気持が、作品の何処どこかに、たとえば、お便所の臭いのように私を、たよりなくさせるのだ。

わびしさ。

序章-章なし
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如是我聞 - 情報

如是我聞

にょぜがもん

文字数 22,721文字

著者リスト:
著者太宰 治

底本 もの思う葦

青空情報


底本:「もの思う葦」新潮文庫、新潮社
   1980(昭和55)年9月25日発行
   1998(平成10)年7月20日第38刷発行
入力:田中陽介
校正:鈴木厚司
2000年10月14日公開
2004年3月4日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:如是我聞

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