• URLをコピーしました!

いなか、の、じけん

著者:夢野久作

いなか、の、じけん - ゆめの きゅうさく

文字数:39,141 底本発行年:1933
著者リスト:
著者夢野 久作
0
0
0


大きな手がかり

村長さんの処の米倉から、白米を四ひょう盗んで行ったものがある。

あくる朝早く駐在の巡査おまわりさんが来て調べたら、たわらを積んで行ったらしい車の輪のあとが、雨あがりの土にハッキリついていた。 そのあとをつけて行くと、町へ出る途中の、とある村はずれの一軒屋の軒下に、その米俵を積んだ車が置いてあって、その横の縁台の上に、頬冠ほおかぶりをした男が大の字になって、グウグウとイビキをかいていた。 引っ捕えてみるとそれは、その界隈で持てあまし者の博奕打ばくちうちであった。

博奕打ちは盗んだ米を町へ売りに行く途中、久し振りに身体からだを使ってクタビレたので、チョットのつもりで休んだのが、思わず寝過ごしたのであった。

腰縄を打たれたまま車を引っぱってゆく男の、うしろ姿を見送った人々は、ため息して云った。

「わるい事は出来んなあ」

按摩あんまの昼火事

五十ばかりになって一人住居ずまいをしている後家ごけさんが、ひる過ぎに近所まで用足しに行って帰って来ると、開け放しにしておいた自分のうちの座敷のまん中に、知り合いの按摩あんまがラムプの石油をいて火をけながら、煙にせて逃げ迷っている……と思う間もなく床柱に行き当って引っくり返ってしまった。

後家さんは、めんくらった。

「按摩さんが火事火事」

と大声をあげて村中を走りまわったので、たちまち人が寄って来て、大事に到らずに火を消し止めた。 気絶した按摩はかつぎ出されて、水をぶっかけられるとすぐに蘇生したので、あとから駈けつけた駐在巡査に引渡された。

大勢に取り捲かれて、巡査の前の地べたに坐った按摩は、水洟みずばなをこすりこすりこう申し立てた。

「まったくの出来心で御座います。 声をかけてみたところが留守だとわかりましたので……」

「それからどうしたか」

と巡査は鉛筆をめながら尋ねた。 皆はシンとなった。

「それで台所から忍び込みますと、ラムプを探り当てましたので、その石油を撒いて火をつけましたが、思いがけなく、うしろの方からも火が燃え出して熱くなりましたので、うろたえまして……雨戸は閉まっておりますし、出口の方角はわからず……」

きいていた連中がゲラゲラ笑い出したので、按摩は不平らしく白い眼をいて睨みまわした。 巡査も吹き出しそうになりながら、ヤケに鉛筆をめまわした。

「よしよし。 わかっとるわかっとる。 ところで、どういうわけで火をけたんか」

「ヘエ。 それはあの後家めが」

と按摩は又、そこいらを睨みまわしつつ、土の上で一膝進めた。

「あの後家めが、私に肩をませるたんびに、変なことを云いかけるので御座います。 そうしてイザとなると手ひどく振りますので、その返報に……」

「イイエ、違います。 まるでウラハラです……」

と群集のうしろから後家さんが叫び出した。

みんなドッと吹き出した。 巡査も思わず吹き出した。 しまいには按摩までが一緒に腹を抱えた。

その時にやっと後家さんは、云い損ないに気が付いたらしく、生娘きむすめのように真赤になったが、やがて袖に顔を当てるとワーッと泣き出した。

夫婦の虚空蔵こくうぞう

「あの夫婦は虚空蔵さまの生れがわり……」

大きな手がかり

━ おわり ━  小説TOPに戻る
0
0
0
読み込み中...
ブックマーク系
サイトメニュー
シェア・ブックマーク
シェア

いなか、の、じけん - 情報

いなか、の、じけん

いなか、の、じけん

文字数 39,141文字

著者リスト:
著者夢野 久作

底本 夢野久作全集4

親本 冗談に殺す (2)

青空情報


底本:「夢野久作全集4」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年9月24日第1刷発行
底本の親本:「冗談に殺す」日本小説文庫、春陽堂
   1933(昭和8)年5月15日発行
初出:「探偵趣味」「猟奇」
   1927(昭和2)年7月〜1930(昭和5)年1月
※1927(昭和2)年7月号の「探偵趣味」から、1930(昭和5)年1月号の「猟奇」にかけて、両誌に断続的に発表された。
入力:柴田卓治
校正:江村秀之
2000年1月13日公開
2012年3月13日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:いなか、の、じけん

小説内ジャンプ
コントロール
設定
しおり
おすすめ書式
ページ送り
改行
文字サイズ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!