三四郎
著者:夏目漱石
さんしろう - なつめ そうせき
文字数:169,004 底本発行年:1951
一
うとうととして目がさめると女はいつのまにか、隣のじいさんと話を始めている。
このじいさんはたしかに前の前の駅から乗ったいなか者である。
発車まぎわに
女とは京都からの相乗りである。
乗った時から三四郎の目についた。
第一色が黒い。
三四郎は九州から山陽線に移って、だんだん京大阪へ近づいて来るうちに、女の色が次第に白くなるのでいつのまにか故郷を遠のくような哀れを感じていた。
それでこの女が車室にはいって来た時は、なんとなく異性の味方を得た心持ちがした。
この女の色はじっさい
ただ顔だちからいうと、この女のほうがよほど上等である。 口に締まりがある。 目がはっきりしている。 額がお光さんのようにだだっ広くない。 なんとなくいい心持ちにできあがっている。 それで三四郎は五分に一度ぐらいは目を上げて女の方を見ていた。 時々は女と自分の目がゆきあたることもあった。 じいさんが女の隣へ腰をかけた時などは、もっとも注意して、できるだけ長いあいだ、女の様子を見ていた。 その時女はにこりと笑って、さあおかけと言ってじいさんに席を譲っていた。 それからしばらくして、三四郎は眠くなって寝てしまったのである。
その寝ているあいだに女とじいさんは懇意になって話を始めたものとみえる。
目をあけた三四郎は黙って
子供の
じいさんは蛸薬師も知らず、玩具にも興味がないとみえて、はじめのうちはただはいはいと返事だけしていたが、旅順以後急に同情を催して、それは大いに気の毒だと言いだした。 自分の子も戦争中兵隊にとられて、とうとうあっちで死んでしまった。