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現代日本の開化

著者:夏目漱石

げんだいにほんのかいか - なつめ そうせき

文字数:18,438 底本発行年:1971
著者リスト:
著者夏目 漱石
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序章-章なし

はなはだお暑いことで、こう暑くては多人数お寄合いになって演説などお聴きになるのは定めしお苦しいだろうと思います。 ことにうけたまわれば昨日も何か演説会があったそうで、そう同じ催しが続いてはいくらあたらない保証のあるものでも多少は流行過はやりすぎの気味で、お聴きになるのもよほど御困難だろうと御察し申します。 が演説をやる方の身になって見てもそう楽ではありません。 ことにただいま牧君の紹介で漱石君の演説は迂余曲折うよきょくせつの妙があるとか何とかいう広告めいた賛辞をちょうだいした後に出て同君の吹聴通ふいちょうどおりをやろうとするとあたかも迂余曲折の妙を極めるための芸当を御覧に入れるために登壇したようなもので、いやしくもその妙を極めなければ降りることができないような気がして、いやが上にやりにくい羽目におちいってしまう訳であります。 実はここへ出て参る前ちょっと先番の牧君に相談をかけた事があるのです。 これは内々ですが思い切って打明けて御話ししてしまいます。 と云うほどの秘密でもありませんが、全くのところ今日の講演は長時間諸君に対して御話をする材料が不足のような気がしてならなかったから、牧さんにあなたの方は少しは伸ばせますかと聞いたのです。 すると牧君は自分の方は伸ばせば幾らでも伸びると気丈夫きじょうぶな返事をしてくれたので、たちまち親船おやぶねに乗ったような心持になって、それじゃア少し伸ばしていただきたいと頼んでおきました。 その結果として冒頭だか序論だかに私の演説の短評を試みられたのはもともと私の注文から出た事ではなはだありがたいには違ないけれども、その代りいやにやりにくくなってしまった事もまた争われない事実です。 元来がそう云う情ない依頼をあえてするくらいですから曲折どころではない、真直まっすぐに行き当ってピタリとしまいになるべき演説であります。 なかなかもって抑揚頓挫よくようとんざ波瀾曲折はらんきょくせつの妙を極めるだけの材料などは薬にしたくも持合せておりません。 とそう言ったところで何もただボンヤリ演壇に登った訳でもないので、ここへ出て来るだけの用意は多少準備して参ったには違ないのです。 もっとも私がこの和歌山へ参るようになったのは当初からの計画ではなかったのですが、私の方では近畿地方を所望したので社の方では和歌山をそのうちへ割り振ってくれたのです。 御蔭おかげで私もまだ見ない土地や名所などを捜る便宜を得ましたのは好都合です。 そのついでに演説をする――のではない演説のついでに玉津島だの紀三井寺などを見た訳でありますからこれらの故跡や名勝に対しても空手からてでは参れません。 御話をする題目はちゃんと東京表とうきょうおもてできめて参りました。

その題目は「現代日本の開化」と云うので、現代と云う字は下へ持って来ても上へ持って来ても同じ事で、「現代日本の開化」でも「日本現代の開化」でも大して私の方では構いません。 「現代」と云う字があって「日本」と云う字があって「開化」と云う字があって、その間へ「の」の字が入っていると思えばそれだけの話です。 何の雑作ぞうさもなくただ現今の日本の開化と云う、こういう簡単なものです。 その開化をどうするのだと聞かれれば、実は私の手際てぎわではどうもしようがないので、私はただ開化の説明をして後はあなた方の御高見に御任せするつもりであります。 では開化を説明して何になる? とこう御聞きになるかも知れないが、私は現代の日本の開化という事が諸君によく御分りになっているまいと思う。 御分りになっていなかろうと思うと云うと失礼ですけれども、どうもこれが一般の日本人によくみ込めていないように思う。 私だってそれほど分ってもいないのです。 けれどもまず諸君よりもそんな方面に余計頭を使う余裕のある境遇におりますから、こういう機会を利用して自分の思ったところだけをあなた方に聞いていただこうというのが主眼なのです。 どうせあなた方も私も日本人で、現代に生れたもので、過去の人間でも未来の人間でも何でもない上に現に開化の影響を受けているのだから、現代と日本と開化と云う三つの言葉は、どうしても諸君と私とに切っても切れない離すべからざる密接な関係があるのは分り切った事ですが、それにもかかわらず、御互に現代の日本の開化について無頓着むとんじゃくであったり、または余りハッキリした理会りかいをもっていなかったならば、万事に勝手が悪い訳だから、まあ互に研究もし、また分るだけは分らせておく方が都合が好かろうと思うのであります。 それについては少し学究めきますが、日本とか現代とかいう特別な形容詞に束縛されない一般の開化から出立してその性質を調べる必要があると考えます。 御互いに開化と云う言葉を使っておって、日に何遍も繰返くりかえしているけれども、はたして開化とはどんなものだとせんじつめて聞きただされて見ると、今まで互に了解し得たとばかり考えていた言葉の意味が存外喰違っていたりあるいはもってのほかに漠然ばくぜん曖昧あいまいであったりするのはよく有る事だから私はまず開化の定義からきめてかかりたいのです。

もっとも定義を下すについてはよほど気をつけないととんでもない事になる。 これをむずかしく言いますと、定義を下せばその定義のために定義を下されたものがピタリと糊細工のりざいくのように硬張こわばってしまう。 複雑な特性を簡単にまとめる学者の手際てぎわと脳力とには敬服しながらも一方においてその迂濶うかつを惜まなければならないような事が彼らの下した定義を見るとよくあります。 その弊所をごく分りやすく一口に御話すれば生きたものをわざと四角四面のかんの中へ入れてことさらに融通がかないようにするからである。 もっとも幾何学などで中心から円周にいたる距離がことごとく等しいものを円と云うというような定義はあれで差支さしつかえない、定義の便宜があって弊害のない結構なものですが、これは実世間に存在するまるいものを説明すると云わんよりむしろ理想的に頭の中にある円というものをかく約束上とりきめたまでであるから古往今来変りっこないのでどこまでもこの定義一点張りで押して行かれるのです。 その他四角だろうが三角だろうが幾何的に存在している限りはそれぞれの定義でいったんまとめたらけっして動かす必要もないかも知れないが、不幸にして現実世の中にある円とか四角とか三角とかいうもので過去現在未来を通じて動かないものははなはだ少ない。 ことにそれ自身に活動力をそなえて生存するものには変化消長がどこまでもつけまとっている。 今日の四角は明日の三角にならないとも限らないし、明日の三角がまたいつ円くくずれ出さないとも云えない。 要するに幾何学のように定義があってその定義から物をこしらえ出したのでなくって、物があってその物を説明するために定義を作るとなると勢いその物の変化を見越してその意味を含ましたものでなければいわゆる杓子定規しゃくしじょうぎとかでいっこう気のかない定義になってしまいます。 ちょうど汽車がゴーッとけて来る、その運動の一瞬間すなわち運動の性質の最も現われにく刹那せつなの光景を写真にとって、これが汽車だこれが汽車だと云ってあたかも汽車のすべてを一枚のうちに写し得たごとく吹聴ふいちょうすると一般である。 なるほどどこから見ても汽車に違ありますまい。 けれども汽車に見逃してはならない運動というものがこの写真のうちには出ていないのだから実際の汽車とはとうてい比較のできないくらい懸絶していると云わなければなりますまい。

序章-章なし
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現代日本の開化 - 情報

現代日本の開化

げんだいにほんのかいか

文字数 18,438文字

著者リスト:
著者夏目 漱石

底本 夏目漱石全集10

親本 筑摩全集類聚版夏目漱石全集

青空情報


底本:「夏目漱石全集10」ちくま文庫、筑摩書房
   1988(昭和63)年7月26日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版夏目漱石全集」筑摩書房
   1971(昭和46)年4月〜1972(昭和47)年1月
入力:柴田卓治
校正:大野晋
2000年2月1日公開
2011年9月8日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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