序章-章なし
昼餉ののち、師父が道ばたの松の樹の下でしばらく憩うておられる間、悟空は八戒を近くの原っぱに連出して、変身の術の練習をさせていた。
「やってみろ!」と悟空が言う。
「竜になりたいとほんとうに思うんだ。
いいか。
ほんとうにだぜ。
この上なしの、突きつめた気持で、そう思うんだ。
ほかの雑念はみんな棄ててだよ。
いいか。
本気にだぜ。
この上なしの・とことんの・本気にだぜ。」
「よし!」と八戒は眼を閉じ、印を結んだ。
八戒の姿が消え、五尺ばかりの青大将が現われた。
そばで見ていた俺は思わず吹出してしまった。
「ばか! 青大将にしかなれないのか!」と悟空が叱った。
青大将が消えて八戒が現われた。
「だめだよ、俺は。
まったくどうしてかな?」と八戒は面目なげに鼻を鳴らした。
「だめだめ。
てんで気持が凝らないんじゃないか、お前は。
もう一度やってみろ。
いいか。
真剣に、かけ値なしの真剣になって、竜になりたい竜になりたいと思うんだ。
竜になりたいという気持だけになって、お前というものが消えてしまえばいいんだ。」
よし、もう一度と八戒は印を結ぶ。
今度は前と違って奇怪なものが現われた。
錦蛇には違いないが、小さな前肢が生えていて、大蜥蜴のようでもある。
しかし、腹部は八戒自身に似てブヨブヨ膨れており、短い前肢で二、三歩匍うと、なんとも言えない無恰好さであった。
俺はまたゲラゲラ笑えてきた。
「もういい。
もういい。
止めろ!」と悟空が怒鳴る。
頭を掻き掻き八戒が現われる。
悟空。
お前の竜になりたいという気持が、まだまだ突きつめていないからだ。
だからだめなんだ。
八戒。
そんなことはない。
これほど一生懸命に、竜になりたい竜になりたいと思いつめているんだぜ。
こんなに強く、こんなにひたむきに。