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夏の葬列

著者:山川方夫

なつのそうれつ - やまかわ まさお

文字数:4,744 底本発行年:1991
著者リスト:
著者山川 方夫
底本: 夏の葬列
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序章-章なし

海岸の小さな町の駅に下りて、彼は、しばらくはものめずらしげにあたりを眺めていた。 駅前の風景はすっかり変っていた。 アーケードのついた明るいマーケットふうの通りができ、その道路も、固く鋪装ほそうされてしまっている。 はだしのまま、砂利じゃりの多いこの道をけて通学させられた小学生のころの自分を、急になまなましく彼は思い出した。 あれは、戦争の末期だった。 彼はいわゆる疎開児童として、この町にまる三カ月ほど住んでいたのだった。 ――あれ以来、おれは一度もこの町をたずねたことがない。 その自分が、いまは大学を出、就職をし、一人前の出張がえりのサラリーマンの一人として、この町に来ている……。

東京には、明日までに帰ればよかった。 二、三時間は充分にぶらぶらできる時間がある。 彼は駅の売店で煙草たばこを買い、それに火をけると、ゆっくりと歩きだした。

夏の真昼だった。 小さな町の家並みはすぐに尽きて、昔のままの踏切りを越えると、線路に沿い、両側にやや起伏のある畑地がひろがる。 彼は目を細めながら歩いた。 遠くに、かすかに海の音がしていた。

なだらかな小丘のすそ、ひょろ長い一本の松に見憶みおぼえのある丘の裾をまわりかけて、突然、彼は化石したように足をとめた。 真昼の重い光を浴び、青々とした葉を波うたせたひろい芋畑の向うに、一列になって、喪服を着た人びとの小さな葬列が動いている。

一瞬、彼は十数年の歳月が宙に消えて、自分がふたたびあのときの中にいる錯覚にとらえられた。 ……呆然ぼうぜんと口をあけて、彼は、しばらくは呼吸をすることを忘れていた。

濃緑の葉を重ねた一面のひろい芋畑の向うに、一列になった小さな人かげが動いていた。 線路わきの道に立って、彼は、真白なワンピースを着た同じ疎開児童のヒロ子さんと、ならんでそれを見ていた。

この海岸の町の小学校(当時は国民学校といったが)では、東京から来た子供は、彼とヒロ子さんの二人きりだった。 二年上級の五年生で、勉強もよくでき大柄なヒロ子さんは、いつも彼をかばってくれ、弱むしの彼をはなれなかった。

よく晴れた昼ちかくで、その日も、二人きりで海岸であそんできた帰りだった。

行列は、ひどくのろのろとしていた。 先頭の人は、大昔の人のような白い着物に黒っぽい長い帽子をかぶり、顔のまえでなにかを振りながら歩いている。 つづいて、竹筒のようなものをもった若い男。 そして、四角く細長い箱をかついだ四人の男たちと、その横をうつむいたまま歩いてくる黒い和服の女。 ……

「お葬式だわ」

と、ヒロ子さんがいった。 彼は、口をとがらせて答えた。

「へんなの。 東京じゃあんなことしないよ」

「でも、こっちじゃああするのよ」ヒロ子さんは、姉さんぶっておしえた。 「そしてね。 子供が行くと、お饅頭まんじゅうをくれるの。 お母さんがそういったわ」

「お饅頭? ほんとうのアンコの?」

序章-章なし
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夏の葬列 - 情報

夏の葬列

なつのそうれつ

文字数 4,744文字

著者リスト:
著者山川 方夫

底本 夏の葬列

青空情報


底本:「夏の葬列」集英社文庫、集英社
   1991(平成3)年5月25日第1刷
   1991(平成3)年11月15日第3刷
初出:「ヒッチコック・マガジン 第四巻第九号」宝石社
   1962(昭和37)年8月1日発行
※初出時の表題は「親しい友人たち・その7」です。
※底本巻末の小田切進氏による語注は省略しました。
入力:kompass
校正:きゅうり
2020年1月24日作成
2021年6月2日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:夏の葬列

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