水車のある教会
著者:オウ・ヘンリ
すいしゃのあるきょうかい
文字数:11,805 底本発行年:1929
レイクランヅはハイカラな避暑地の目録には
それに、レイクランヅといふ村の名も變だ。 湖水なんか無いんだから、そのほか、附近には取立てゝ云ふ程の物もない平凡なところだ。
村から半哩ばかりのところに、イーグル・ハウスといふ大きな廣い建物がある。
それは
イオリンとギタとの合奏位に過ぎないが、週に二度の園亭の舞踏會で、音樂が聽ける。
イーグル・ハウスの常客連は、たゞ遊びに來るといふだけでなく、必要上保養に來る人達である。 彼等は、一年中動く爲めに、二週間ごとに卷くことを必要とする時計にも譬へるべき、忙しい人達である。 方々の都會の學生、時には畫家や、その邊の古い地層の研究に沒頭してゐる地質學者などの顏も見える。 こゝで夏を送る幾組かの家族もある。 又、この土地で「學校の姉さん達」と呼ばれてゐる忍從を旨とする婦人宗教團の團員達も、よく疲れた顏を見せる。
イーグル・ハウスから三四町行くと、面白いものがあるが、若しイーグル・ハウスが土地案内を出せば、それを一つの名物としたに違ひない。
それは、もう
つてはゐないが、古い/\水車小屋なのである。
ヂョウシア・ランキンの言葉を借りていへば、それは「合衆國唯一の水車のかゝつた教會であり、又、會衆席とパイプオルガンとを備へた世界唯一の水車小屋」である。
イーグル・ハウスのお客達は、毎日曜日にその古い水車小屋の教會へ行つて、純潔な基督教徒は、經驗と勞苦との臼に
毎年初秋の候になると、イーグル・ハウスへ、エイブラム・ストロングといふ人が逗留に來たが、彼は人々の敬慕の的となつてゐた。
レイクランヅでは、彼は『エイブラム師』と呼ばれた。
雪白の髮、しつかりとした
『エイブラム師』は遠くからレイクランヅへやつて來るのである。 彼は北西の大きな喧騷の都會に住んでゐて、そこに製粉所を持つてゐる。 しかし、その製粉所には會衆席があつたり、オルガンがあつたりはしない。 それは大きな、不恰好な、山のやうな製粉所で、蟻塚をめぐる蟻のやうに、貨物列車が終日そのまはりを動いてゐる。 さて、この『エイブラム師』の過去と、前に云つた教會になつた水車小屋の歴史との間には、深い關係があつた。 まづそれから話さなければならない。
その教會が水車場であつた時、ストロング氏がそこの主人だつた。
彼ほど陽氣で、粉まみれで、忙しくて、幸福な水車屋さんはなかつた。
彼は水車場の路の向ひ側の田舍家に住んでゐた。
仕事は
彼の樂しみは彼の小娘のアグレイアだつた。 これは亞麻色の髮をした、ヨチ/\歩きの小娘には、一寸過ぎた名前だが、山の人達は響きのいゝ、立派な名前を好んだ。 母親が、何かの本の中にそれを見付けて、つけたのだつた。
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水車のある教会 - 情報
青空情報
底本:「世界文學全集(36)近代短篇小説集」新潮社
1929(昭和4)年7月25日発行
※「穀」と「[#「轂」の「車」に代えて「米」、U+7CD3、209-上-10]」、「フイービ」と「フィービ」の混在は、底本通りです。
※「ヂョウシア・ランキン」「バンブリッヂ師」「スクヰレル・ギャップ」「ロマンテック」「トミ・ティーグ」「ライラック」の拗音・促音が小書きは、底本通りです。
入力:sogo
校正:岡村和彦
2020年5月27日作成
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