黒蜥蜴
著者:江戸川乱歩
くろとかげ - えどがわ らんぽ
文字数:106,627 底本発行年:1987
暗黒街の女王
この国でも一夜に数千羽の七面鳥がしめられるという、あるクリスマス・イヴの出来事だ。
帝都最大の
G街の方は、午後十一時ともなれば、夜の人種にとってはまことにあっけなく、しかし帝都の代表街にふさわしい行儀よさで、ほとんど人通りがとだえてしまうのだが、それと引き違いに、背中合わせの暗黒街がにぎわい始め、午前二時三時頃までも、男女のあくなき享楽児どもが、窓をとざした建物の薄くらがりの中に、ウヨウヨとうごめきつづける。
今もいうあるクリスマス・イヴの午前一時頃、その暗黒街のとある巨大な建物、外部から見たのではまるで空家のようなまっ暗な建物の中に、けたはずれな、狂気めいた大夜会が、今、最高潮に達していた。
ナイトクラブの広々としたフロアに、数十人の男女が、或る者は盃をあげてブラボーを叫び、或る者はだんだら染めのの
「やあ、ダーク・エンジェルだ。 ダーク・エンジェルだ」
「黒天使の御入来だぞ」
「ブラボー、女王様ばんざい!」
口々にわめく酔いどれの声々が混乱して、たちまち
自然に開かれた人垣の中を、浮き浮きとステップをふむようにして、室の中央に進みでる一人の婦人。 まっ黒なイブニング・ドレスに、まっ黒な帽子、まっ黒な手袋、まっ黒な靴下、まっ黒な靴、黒ずくめの中に、かがやくばかりの美貌が、ドキドキと上気して、赤いばらのように咲きほこっている。
「諸君、御機嫌よう。 僕はもう酔っぱらってるんです。 しかし、飲みましょう。 そして、踊りましょう」
美しい婦人は、右手をヒラヒラと頭上に打ち振りながら、可愛らしい巻舌で叫んだ。
「飲みましょう。 そして、踊りましょう。 ダーク・エンジェルばんざい!」
「オーイ、ボーイさん、シャンパンだ、シャンパンだ」
やがて、ポン、ポンと花やかな小銃が鳴りひびいて、コルクの弾丸が五色の風船玉をぬって昇天した。 そこにも、ここにも、カチカチとグラスのふれる音、そして、またしても、
「ブラボー、ダーク・エンジェル!」
の合唱だ。
暗黒街の女王のこの人気は、一体どこからわいて出たのか。
たとえ彼女の素性は少しもわからなくても、その美貌、そのズバぬけたふるまい、底知れぬ
「黒天使、いつもの宝石踊りを所望します!」
だれかが口を切ると、ワーッというドヨメキ、そして一せいの拍手。
片隅のバンドが音楽を始めた。 わいせつなサキソフォンが、異様に人々の耳をくすぐった。
人々の円陣の中央には、もう宝石踊りが始まっていた。
黒天使は今や白天使と変じた。
彼女の美しく上気した全肉体をおおうものは、二筋の大粒な首飾りと、見事な
彼女は今、チカチカと光りかがやく、桃色の一肉塊にすぎなかった。 それが肩をゆすり、足をあげて、エジプト宮廷の、なまめかしき舞踊を、たくみにも踊りつづけているのだ。
「オイ、見ろ、黒トカゲが