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指環

著者:江戸川乱歩

ゆびわ - えどがわ らんぽ

文字数:2,453 底本発行年:1932
著者リスト:
著者江戸川 乱歩
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序章-章なし

A 失礼ですが、いつかも汽車で御一緒になった様ですね。

B これは御見おみそれ申しました。 そういえば、私も思い出しましたよ。 やっぱりこの線でしたね。

A あの時は飛んだ御災難でした。

B いや、お言葉で痛み入ります。 私もあの時はどうしようかと思いましたよ。

A あなたが、私の隣の席へいらしったのは、あれはK駅を過ぎて間もなくでしたね。 あなたは、一袋の蜜柑みかんを、スーツケースと一緒に下げて来られましたね。 そしてその蜜柑を私にも勧めて下さいましたっけね。 ……実を申しますとね。 私は、あなたを変に慣れ慣れしい方だと思わないではいられませんでしたよ。

B そうでしょう、私はあの日はほんとうにどうかしていましたよ。

A そうこうしている内に、隣の一等車の方から、興奮した人達がドヤドヤと這入はいって来ましたね。 そして、その内の一人の貴婦人が一緒にやって来た車掌にあなたの方を指して何かささやきましたね。

B あなたはよく覚えていらっしゃる、車掌に「一寸ちょっと君、失敬ですが」と云われた時には変な気がしましたよ。 よく聞いて見ると、私はその貴婦人のダイヤの指環ゆびわったてんですから、驚きましたね。

A でも、あなたの態度は中々お立派でしたよ。 「馬鹿な事をってはいけない。 そりゃ人違いだろう。 何なら私の身体をしらべて見るがいい」なんて、一寸あれけの落着いた台詞せりふは云えないもんですよ。

B おだてるもんじゃありません。

A 車掌なんてものは、ああした事に慣れていると見えて、中々抜目なく検査しましたっけね。 貴婦人の旦那という男も、うるさくあなたの身体をおもちゃにしたじゃありませんか。 でも、あんなに厳重に検べても、とうとう品物は出ませんでしたね、みんなのあやまり様たらありませんでした。 ほんとに痛快でした。

B 疑いがはれても、乗客が皆、妙な目附で私の方を見るのには閉口しました。

A しかし、不思議ですね。 とうとうあの指環は出て来なかったというじゃありませんか。 どうも、不思議ですね。

B …………

A …………

B ハハハハハハ。 オイ、いい加減にしらばくれっこは止そうじゃねえか。 この通り誰も聞いているものはいやしねえ。 いつまでも、左様然さようしからばでもあるまいじゃないか。

A フン、ではやっぱりそうだったのかね。

B おめえも中々隅へは置けないよ。 あの時、俺がソッと窓から投げ出した蜜柑のことを一言も云わないで、見当をつけて置いて、後から拾いに出掛けるなんざあ、どうして、玄人くろうとだよ。

序章-章なし
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指環 - 情報

指環

ゆびわ

文字数 2,453文字

著者リスト:

底本 江戸川乱歩全集 第1巻 屋根裏の散歩者

親本 江戸川乱歩全集 第九巻

青空情報


底本:「江戸川乱歩全集 第1巻 屋根裏の散歩者」光文社文庫、光文社
   2004(平成16)年7月20日初版1刷発行
   2012(平成24)年8月15日7刷発行
底本の親本:「江戸川乱歩全集 第九巻」平凡社
   1932(昭和7)年3月発行
初出:「新青年」博文館
   1925(大正14)年7月
※初出時の表題は「小品二篇 その二 指環」です。
入力:門田裕志
校正:A.K
2016年3月4日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:指環

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