• URLをコピーしました!

双生児 ――ある死刑囚が教誨師にうちあけた話――

著者:江戸川乱歩

そうせいじ - えどがわ らんぽ

文字数:11,971 底本発行年:1932
著者リスト:
著者江戸川 乱歩
0
0
0


序章-章なし

先生、今日こそは御話することに決心しました。 私の死刑の日も段々近づいて来ます。 早く心にあることをしゃべってしまって、せめて死ぬまでの数日を安らかに送りいと思います。 どうか、御迷惑でしょうけれど、しばらくこの哀れな死刑囚の為に時間を御割き下さい。

先生も御承知の様に、私は一人の男を殺して、その男の金庫から三万円の金を盗んだかどによって死刑の宣告を受けたのです。 誰もそれ以上に私を疑うものはありません。 私は事実、それ丈けの罪を犯しているのではありますし、死刑ときまって了った今更ら、もう一つのもっと重大な犯罪について、態々わざわざ白状する必要は少しもないのです。 仮令たといそれが知られているものよりも幾層倍重い大罪であったところで、極刑を宣告せられている私に、それ以上の刑罰の方法がある訳もないのですから。

いや必要がないばかりではありません。 仮令死んで行く身にも、出来る丈け悪名を少くしたいという、虚栄心に似たものがあります。 それにこればかりはどんなことがあっても、私は妻に知らせ度くない理由があるのです。 その為に私はどれ程要らぬ苦労をしたことでしょう。 その事丈けを隠して置いたとて、どうせ死刑は免れぬと判っていますのに、法廷の厳しい御検べにも、私は口まで出かかったのを圧えつける様にして、それ丈けは白状しませんでした。

ところが、私は今、それを先生のお口から私の妻に詳敷くわしく御伝えが願い度いと思っているのです。 どんな悪人でも、死期が近づくと善人に帰るのかも知れません。 そのもう一つの罪を白状しないで死んで了っては、余りに私の妻が可哀相に思えるのです。 それともう一つは、私は私に殺された男の執念が恐ろしくてたまらないのです。 いいえ、金を盗む時に殺した男ではありません。 それはもう白状して了ったことですし、大して気がかりになりませんが、私はそれよりも以前に、もう一人殺人罪を犯していたのです。 そして、その男の事を考えるとたまらないのです。

それは私の兄でした。 兄といっても普通の兄ではありません。 私は双生児ふたごの一方として生れましたので、私の殺した男というのは、名前は兄ですが、私と同時に、母の胎内から生れ出た、ふたごの片割れだったのです。

彼は夜となく昼となく私を責めに来ます。 夢の中では、彼は私の胸に千鈞せんきんの重さでのしかかって私ののどを絞めつけます。 昼は昼で、そこの壁に姿を現わして何ともえぬ目つきで私を睨んだり、あの窓から首を出していやらしい冷笑を浴せたりします。 そして、もっといけないことは、ふたごの片割れであった彼が、顔から形から私と寸分違わなかった点です。 彼は私がここへ入らぬ前から、そうです、私が彼を殺した翌日から、もう私の前にその姿を現わし始めました。 考えて見れば、私が第二の殺人を犯したのも、あんなにもたくらんだその殺人罪が発覚したのも、すべて彼の執念のさせたわざかも知れません。

私は彼を殺した翌日から鏡を恐れる様になりました。 鏡ばかりではありません。 物の姿の映るあらゆるものを恐れる様になりました。 私はうちの中の鏡其他のガラス類を一切取去って了いました。 しかし、そんなことが何の役に立ちましょう。 都会の町にはのきなみショー・ウィンドウがあり、その奥には鏡が光っています。 見まいとすればする程、そこへ私の目はひきつけられるのです。 そして、それらのガラスや鏡の中には、私に殺された男が――それは実は私自身の影なのですが――私の方をいやあな目つきで睨んでいるのです。

ある時などは、一軒の鏡屋の前で、私は危く卒倒しかけたことがあります。 そこには、無数の同じ男が、私の殺した男が、千の目を私の方へ集中していたのです。

序章-章なし
━ おわり ━  小説TOPに戻る
0
0
0
読み込み中...
ブックマーク系
サイトメニュー
シェア・ブックマーク
シェア

双生児 - 情報

双生児 ――ある死刑囚が教誨師にうちあけた話――

そうせいじ ――あるしけいしゅうがきょうかいしにうちあけたはなし――

文字数 11,971文字

著者リスト:

底本 江戸川乱歩全集 第1巻 屋根裏の散歩者

親本 江戸川乱歩全集 第九巻

青空情報


底本:「江戸川乱歩全集 第1巻 屋根裏の散歩者」光文社文庫、光文社
   2004(平成16)年7月20日初版1刷発行
   2012(平成24)年8月15日7刷発行
底本の親本:「江戸川乱歩全集 第九巻」平凡社
   1932(昭和7)年3月
初出:「新青年」博文館
   1924(大正13)年10月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※底本巻末の編者による語注は省略しました。
入力:門田裕志
校正:A.K.
2016年9月9日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:双生児

小説内ジャンプ
コントロール
設定
しおり
おすすめ書式
ページ送り
改行
文字サイズ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!